雪窓院跡(読み)せつそういんあと

日本歴史地名大系 「雪窓院跡」の解説

雪窓院跡
せつそういんあと

[現在地名]伊集院町大田

城(じよう)山の南東麓にあった曹洞宗寺院。伊集院城跡の南東角に位置する。永禄一〇年(一五六七)に島津義久が母雪窓妙安(天文一三年没)の菩提寺として創建。開山は二株。田布施(たぶせ)郷常珠(じようじゆ)寺(現金峰町)の末寺であった。天正一五年(一五八七)五月義久は豊臣秀吉に降伏し、当院で剃髪して竜伯と称し、恭順の意を示した(「島津忠長譜」旧記雑録)。天正二〇年七月一〇日、義久は当寺に寺脇(てらわき)名内宣徳(せんとく)寺と寺領五町、谷口(たにぐち)名内田中門一町五反、野田(のだ)名浮免五反を寄進している(「島津義久証状案」同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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