化学辞典 第2版 「電荷移動力」の解説
電荷移動力
デンカイドウリョク
charge-transfer force
分子間力の一種.電荷移動錯体における構成分子間の結合力を説明するため,R.S. Mulliken(マリケン)によって導入された.いま,電子供与体 Dと電子受容体Aとの間に,電荷の移動がない状態の波動関数を ΨDA,DからAへ電子が1個移動した状態の波動関数を ΨD+-A- とすると,両状態の共鳴によってより安定な状態
ΨN( = aΨDA + bΨD+-A-)
と不安定な状態
ΨE( = b′ ΨDA - a′ ΨD+-A-)
が生じる.この ΨDA と ΨN とのエネルギー差によって錯体は安定化し,DとAとの間に結合力が生じる.この結合力を電荷移動力という.この理論によって,それまで行われていた静電的な相互作用によっては説明が困難であった分子化合物の結合エネルギーの大きさや,電荷移動スペクトル,双極子モーメントの変化,成分分子の相対位置などの問題が説明可能となった.また,Mullikenの理論は,いわば原子価結合法にもとづくものであるが,その後,分子軌道法を使った理論も展開された.現在では電荷移動力の概念は,分子結晶の光学的,電気的,磁気的性質や,有機反応の機構の説明などに重要な役割を果たしている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報