分子の間に働く力。通常の気体を冷やしていくと凝縮して液体になり,さらに固体になるのは,分子間に働く力による。また現実の気体が理想気体の状態方程式からずれを示すこと,気体の流れに粘度があること,気体を急に膨張させると温度が下がること(ジュール=トムソン効果)などから,気体分子の間に力が作用していることはわかっていた。例えば気体の状態方程式に関しては,古くから種々の補正式が提出されている。代表的な補正式はファン・デル・ワールスの状態方程式
(P+a/V2)(V-b)=RT
ここでVは1molの気体の容積,Pはその圧力,Tは絶対温度,Rは気体定数,a,bは気体の種類による定数。この式で,a,bがともに0のとき理想気体の式になる。a/V2は内部圧と呼ばれ,圧力Pのほかに力が作用していることを端的に示すものである。bは分子の大きさによる補正とみなせる。この式はより厳密なビリアルの式
PV=RT{1+(NA/V)B(T)+……}
と関係づけられる(NAはアボガドロ数)。B(T)は第二ビリアル係数で,分子間力が与えられると計算できる量である。J.E.レナード・ジョーンズは分子間のポテンシャルを-μ/rm+ν/rnと仮定し(rは分子間距離,μ,ν,m,nは定数),B(T)の解析を行った。このポテンシャルの第1項は引力を,第2項は斥力を表しており,m=6,n=12の場合の解析が詳しく行われている。その結果と実測値の比較からμ,νが決められる。引力項は上記の内部圧に対応し,ファン・デル・ワールス力による。気体分子の場合,ファン・デル・ワールス力のなかでも重要なのは,分子の分極率に起因する分散力である。極性分子(〈極性〉の項参照)の場合には,このほかに双極子相互作用,誘起効果,四極子相互作用も効くが,自由回転する気体分子では,回転に関して平均すると小さくなることが多い。斥力の項は分子が接近した場合に効くもので,交換斥力とクーロン斥力による。
以上主として気体における分子間力について述べたが,分子が互いに接近し独立に回転できなくなると事情は変わってくる。とくに極性分子では,その配向は双極子相互作用に支配されるようになる。双極子モーメントをもたないときには四極子相互作用が効いてくる。もちろん分散力も凝集力としては重要であるが,双極子相互作用や四極子相互作用に比べて異方性が小さいので,分子の相対的配向を決めるうえでの役割は少ない。このように分子が接近していると,上に述べた種々の相互作用のほかに新しい力として電荷移動相互作用と水素結合が加わる。前者は電子供与性の分子と電子受容性の分子の間で生じる分子化合物の結合力を説明するためにR.S.マリケンによって提案された分子間力であるが,より一般的に同種分子間にも存在すると考えられ,このことは,とくに不飽和結合をもつ芳香族分子の一部やラジカルの結晶で確かめられている。
水素結合は水分子,アルコール分子,カルボン酸分子,タンパク質その他生物学的に重要な分子で大きな役割を演じている。
執筆者:木下 實
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
分子間に作用する力で,大別して次の二つの種類がある.その第一は,かなりの近距離においてのみ有効で,距離が遠くなるにつれて急激に減少する斥力である.この力は,パウリの原理に由来するもので,分子がある程度以上近づいて電子雲の重なりが生じ,電子の交換相互作用が起こることによるものであるから,交換斥力とよばれる.この力の本質は化学結合力と同じであるが,原子価が飽和している分子の間では斥力となり,原子価が飽和していない場合(原子や遊離基など)には引力となることだけが違っている.この力があるために,物質をある程度以上圧縮するには非常な力を要する.第二は,比較的遠距離においても有効な引力である,ファンデルワールス力,電荷移動力がこれである.このうち,ファンデルワールス力はさらに,有極性分子間にはたらく配向力と誘起力,有極性・無極性を問わずすべての分子間にはたらく分散力に分けられる.また,電荷移動力は電子供与体Dと電子受容体Aとの間にはたらく引力で,非結合構造D…Aと電荷移動構造D+-A-との間の共鳴による安定化に相当する.上に述べたように,分子間力は遠距離でもかなり有効な引力とかなりの近距離でしかはたらかない交換斥力からなっているので,そのポテンシャルエネルギーは引力と斥力の二つの項からなる形で表されるが,J. Lennard-Jonesによって-λ r-m + μ r-nの形が提唱されており,通常,m = 6,n = 12とおくと実験との一致がよい.Lennard-Jonesは第二ビリアル係数Bを上記のポテンシャルを使って計算し,実験値と比較した([別用語参照]レナード・ジョーンズのポテンシャル).また,これ以外に気体の粘性率の測定や固体の凝集エネルギーなども,分子間力のポテンシャルを決定するための情報を与える.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
分子と分子との間に働く力をいう。一般に分子は、きわめて近づいたときは反発する力を及ぼし合うが、すこし離れていると、互いに引力を及ぼし合い、この両者が重なり合っている。このうちの反発力は、交換反発力とクーロン反発力によって生ずるもので、主として近距離で強く働くので近距離力ともいう。引力はファン・デル・ワールス力(主として分散力)によってかなり遠くまで強く働くので、遠距離力ともいう。距離rにある分子間力のポテンシャルは、
のような式で表される。実測値ではm=6,n=8~12である。μ(ミュー)とν(ニュー)とは、それぞれの物質によって決まる定数である。この式の第1項は引力、第2項が反発力を表している。距離が近くなれば(rが小さくなれば)第2項が強くきいてくるし、遠くになると(rが大きくなれば)第1項のほうが強くきいてくることになる。
[中原勝儼]
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[接着の機構]
物質自身の凝集力と接着界面の接着力は,それらの物質を構成する分子あるいは原子(単原子分子の場合)あるいはイオン間に働く力に由来する。これらの力は一般に分子間力intermolecular forceと呼ばれる。分子間にこの力が有効に働き合う距離は0.5nmから1nm程度であるので,接着を実現するためには接着界面で相互の表面がこの距離に近づく必要がある。…
…金属ではこの動きやすい電子(自由電子と呼ぶ)のために,電気や熱がよく伝わり,光に対して金属光沢を示す。 このほか,結晶をつくる結合には,分子間力による結合と水素結合がある。原子どうしの共有結合によって生じた分子や,ヘリウム,ネオン,アルゴンなどの不活性ガス原子では,電子配置が閉殻構造をもっているために,上に述べたような結合力は働かない。…
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[接着の機構]
物質自身の凝集力と接着界面の接着力は,それらの物質を構成する分子あるいは原子(単原子分子の場合)あるいはイオン間に働く力に由来する。これらの力は一般に分子間力intermolecular forceと呼ばれる。分子間にこの力が有効に働き合う距離は0.5nmから1nm程度であるので,接着を実現するためには接着界面で相互の表面がこの距離に近づく必要がある。…
※「分子間力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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