日本大百科全書(ニッポニカ) 「マリケン」の意味・わかりやすい解説
マリケン
まりけん
Robert Sanderson Mulliken
(1896―1986)
アメリカの物理化学者。マサチューセッツ州ニューベリポートに生まれる。化学結合論、構造化学の分野で量子化学の方法を開拓し、その確立に貢献した業績で知られる。マサチューセッツ工科大学卒業後、シカゴ大学(1921年学位取得)、ハーバード大学で研究し、1926年ニューヨーク大学助教授、1928年シカゴ大学に移り、1931年より同大学教授。
初期に1920年代なかばから1930年代初めにかけて二原子分子のバンド・スペクトルについての実験的研究を進め、そこから出発して、分子の中の電子がいかなる状態にあり、どのようにふるまうのかという問題を一貫して追究し、量子化学的な理論的研究を展開する。
1932年から1935年ごろにかけて、今日の分子軌道理論の基礎となる理論的研究で成果をあげ、フント論文(1928)、ヒュッケル論文(1931)などとともに、今日、広く用いられる量子化学における分子軌道法の土台をつくりあげるのに貢献した。分子軌道概念は、一中心の原子軌道に対して、それを多中心の分子全体に広がった軌道として拡張した概念であり、とくに共役二重結合系たとえばベンゼンなどの場合に、化学者の直観においてとらえやすく、広く使われるようになった。マリケンは、1930年から1940年代を通じて電子スペクトル強度、超共役など、分子軌道理論を軸に、一貫して分子の電子状態の理論的研究を展開し、量子化学の方法としての分子軌道理論の有効性を明らかにし、それを化学者の間に広めるのに寄与した。1950年代当初、マリケンは、分子化合物、たとえばハロゲン分子と有機化合物との分子錯体(ベンゼン‐ヨウ素錯体など)のスペクトルに関し、電荷移動相互作用の概念を提起し、分子軌道法でその理論的説明を与えた。この理論は単に分子錯体のみならず化学全般に大きく影響を与えている。電荷移動錯体の研究は今日的テーマの一つとして、現在、活発な研究が広く進められている。1966年ノーベル化学賞を受賞した。
[荒川 泓 2018年11月19日]
『日本化学会編『化学の原典2 化学結合論Ⅱ』(1975・東京大学出版会)』