霰松原(読み)アラレマツバラ

デジタル大辞泉 「霰松原」の意味・読み・例文・類語

あられ‐まつばら【霰松原/安良礼松原】

大阪市住之江区安立あんりゅう付近にあった松原。「あらら松原」の変化したものか。[歌枕]
「霰打つ―住吉すみのえの弟日娘おとひをとめと見れど飽かぬかも」〈万・六五〉

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精選版 日本国語大辞典 「霰松原」の意味・読み・例文・類語

あられ‐まつばら【霰松原】

  1. 大阪市住之江区、大和川沿いの安立(あんりゅう)町にあった松原。「あらら松原」の変化したものか。歌枕。
    1. [初出の実例]「あられ打つ安良礼松原(アラレまつばら)住吉(すみのえ)の弟日娘(おとひをとめ)と見れど飽かぬかも」(出典:万葉集(8C後)一・六五)

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日本歴史地名大系 「霰松原」の解説

霰松原
あられまつばら

住吉浜の松原で、「万葉集」巻一の「長皇子御歌」に

<資料は省略されています>

とみえる。この「あられ松原」は、現安立(あんりゆう)辺りに比定される。三条西実隆の「高野参詣日記」は「和泉の堺にまかりこゆとて、みちすがらの名ある所どもいひつくすべくもあらぬ見ものなり、霰松原といふ所をすぐとてみれば世のつねの松のはにも似ず、吹からしたるやうにみえ侍れば」と様子を記し、

<資料は省略されています>

と詠んでいる。

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