青山忠良(読み)あおやま ただなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「青山忠良」の解説

青山忠良 あおやま-ただなが

1807-1864 江戸時代後期の大名
文化4年4月10日生まれ。青山忠裕(ただやす)の5男。兄たちが夭逝(ようせい)し,天保(てんぽう)6年丹波篠山(ささやま)藩(兵庫県)藩主青山家5代となる。奏者番,寺社奉行,大坂城代をへて弘化(こうか)元年老中。のち京都火消役,京都守護をつとめた。砲術に長じ,御流儀砲術という流派をたてた。元治(げんじ)元年11月5日死去。58歳。

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367日誕生日大事典 「青山忠良」の解説

青山忠良 (あおやまただなが)

生年月日:1807年4月10日
江戸時代末期の大名
1864年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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