頭ヶ島(読み)かしらがしま

日本歴史地名大系 「頭ヶ島」の解説

頭ヶ島
かしらがしま

[現在地名]有川町友住郷 頭ヶ島

友住郷(ともすみごう)の北に浮ぶ島。田尻(たじり)・白浜(しらはま)・福浦(ふくうら)・三年(さんねん)ヶ浦(うら)などがある。江戸時代は供栖(ともすみ)村のうち。寛文一〇年(一六七〇)平戸藩用船二艘(九端帆・七端帆)が破損して頭ヶ島・赤尾(あかお)に漂着したので、小値賀代官に通報したところ者頭が来て引渡しが行われた(「評定所百姓共対決覚」五島編年史)。貞享年間(一六八四―八八)までに有川浦鯨突組のうち大村の深沢儀太夫が頭ヶ島に居付いており、納屋場・船場を設けていた(「鯨突組覚」同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

デジタル大辞泉プラス 「頭ヶ島」の解説

頭ヶ島

長崎県南松浦郡新上五島町、五島列島北部の中通島東に位置する島。「かしらがしま」と読む。中通島とは全長約300メートルの頭ヶ島大橋で結ばれている。面積約1.88平方キロメートル。珍しい総石造りの教会、頭ヶ島天主堂は国の重要文化財かつユネスコの世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成要素のひとつ。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む