額田城跡(読み)ぬかだじようあと

日本歴史地名大系 「額田城跡」の解説

額田城跡
ぬかだじようあと

[現在地名]那珂町額田南郷・額田北郷・額田東郷

額田のほぼ中央にあり、南は断崖ありヶ池を望む。ほかは深さ丈余の内濠と外濠、幾重もの空濠をめぐらす要害の中世城郭。

「水府志料」に「本丸四千三百六十坪、二ノ丸五千三百坪、三ノ丸七千坪あり、佐竹義直始築き、後江戸氏の族小野崎下野守善通居る」とある。建長年間(一二四九―五六)築城という。「新編常陸国誌」によると義直は佐竹義重の二子で、額田に住み、額田二郎と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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