飯倉的場屋敷(読み)いいぐらまとばやしき

日本歴史地名大系 「飯倉的場屋敷」の解説

飯倉的場屋敷
いいぐらまとばやしき

[現在地名]港区東麻布(ひがしあざぶ)一丁目

かわらけ坂下西側の拝領町屋敷。東側が道を隔てて増上寺山内塔頭宝珠(ほうしゆ)院、西が増上寺地中心光(しんこう)院、南が飯倉町五丁目・赤羽円明院(あかばねえんみよういん)門前、北が外国人応接所。的場守(弓術稽古場管理者)九右衛門の先祖で本多修理家浪人の鈴木九右衛門が日本橋の南小田原(みなみおだわら)町(現中央区)で的懸の弓術を行ったところ、見物で手狭になったため寛文八年(一六六八)願出て芝新馬場の背後の長さ四四間余・横一七間の的場用地を得た。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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