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飯島澄男 いいじま すみお

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

飯島澄男 いいじま-すみお

1939- 昭和後期-平成時代の材料科学者。
昭和14年5月2日生まれ。アリゾナ州立大固体科学研究センター博士研究員をへて,昭和62年新技術開発事業団創造科学推進事業超微粒子プロジェクトグループリーダー。平成4年日本電気研究開発グループ主任研究員となり,のち特別主席研究員。11年名城大教授。13年産業技術総合研究所新炭素系材料開発研究センター長。炭素原子からなる円筒状物質を人工的に生成し,カーボンナノチューブと名づけ,電子顕微鏡をもちいてその構造をあきらかにした。14年学士院恩賜賞。15年文化功労者。20年カヴリ賞。21年文化勲章。22年学士院会員。埼玉県出身。電気通信大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

飯島澄男
いいじますみお
(1939― )

材料科学、電子顕微鏡学者。埼玉県生まれ。1963年(昭和38)電気通信大学卒業。1968年に東北大学大学院理学研究科物理学科博士課程を修了し理学博士。1968年から1970年まで東北大学科学計測研究所で助手を務め、電子線干渉顕微鏡の実験を行う。1970年から1982年までアメリカのアリゾナ州立大学研究員として、高分解能電子顕微鏡の開発と結晶材料の研究を行う。1987年に日本電気(NEC)に入社、2001年(平成13)特別主席研究員となる。1998~2002年科学技術振興事業団(現、科学技術振興機構)国際共同研究事業「ナノチューブ状物質」プロジェクトのプロジェクトリーダー。1999年から名城大学教授。2001年からは、産業技術総合研究所新炭素系材料開発研究センター(現、ナノチューブ応用研究センター)のセンター長を務める。2003年文化功労者。2009年文化勲章を受章、学士院会員。
 アメリカ滞在中の1971年に、電子顕微鏡を使って、規則的に並んだ原子の構造を撮影することに世界で初めて成功した。1980年には、特殊な黒鉛粒子の断面を撮影して、内部がタマネギのような層構造になっていることを発表していた。この黒鉛粒子が、のちにサッカーボールの表面のように炭素原子がつながった「C60」として有名になった分子である。その大量合成法が発見されたのは1990年である。自らも合成しているうちに、1991年に細い針状の結晶を発見した。炭素を敷き詰めたシートを、まるめてチューブにしたようなこの結晶が「カーボンナノチューブ」である。現在では工業応用も始まっている。山歩きとフルートの演奏が趣味。1997年にイギリスの王立研究所が主催する「金曜講話」に招かれて「カーボンナノチューブ・人間がつくりだしたもっとも微細なチューブ」と題して講演したときも、スコットランド民謡「グリーンスリーブス」のフルート演奏で話題となった。[馬場錬成]
『飯島澄男著『カーボンナノチューブの挑戦』(1999・岩波書店) ▽遠藤守信・飯島澄男監修『ナノカーボンハンドブック』(2007・エヌ・ティー・エス)』

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