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原子 げんしatom

翻訳|atom

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

原子
げんし
atom

荷電粒子を発生させることなく分割できる物質の最小単位。これはまた元素に特有な性質を維持できる物質の最小単位でもある。原子の概念は紀元前5世紀のギリシアの哲学者デモクリトスの唱えた「アトモス」 (「不可分な」の意) に始る。この見解は長く支配的で,19世紀に入って近代的な科学実験と数学的な演繹による物質の構築単位に関するさらに精密な概念が生じるまで続いた。 1808年イギリスの化学者 J.ドールトンにより統一的な原子論が提唱された。原子そのものの研究に基づく近代原子論の基礎となったのは,E.ラザフォードによる原子構造の解析と,H.G.J.モーズリーによる原子番号のもつ物理的意義の解明である。これにより原子は原子核と核外電子から成ることが確かめられた。
すべての物質は分子の集りから成る。さらに,分子は化学結合によって結ばれた原子から成る。個々の原子は電子と原子核から構成される。原子もまた大きなエネルギーを加えることによってその構成粒子に分けられる。原子核を構成する陽子中性子および電子もさらに巨大なエネルギーを与えると,寿命の短い各種の素粒子に分けることができる。原子の中央に陽子と中性子から成る稠密な中心部である核がある。これらの核子は小さいが非常に重く,核は原子全体の質量の 99.9%以上を構成するが,体積はおよそ 10-14 を占めるだけである。核子はきわめて近接したときに核力が働き,互いに結着して核を形成する。陽子はそれぞれ正の電荷をもち,中性子はまったく電荷をもたないため,核は正の電荷を帯びている。陽子と中性子はどちらも小さな粒子であるが,これらはクォークと呼ばれるさらに小さな粒子により構成されている。核のまわりは,負の電荷をもち質量がほとんどない電子という粒子の拡散した雲でおおわれている。相反する電荷同士は引きつけ合うので,負に荷電した電子は正に荷電した核に拘束される。電気的に中性の原子の中では,電子の数は核の正電荷数 (つまり核中の陽子数) と等しい。
しかし原子は全体として,正の電荷よりも多かったり少かったりする電子をもつこともある。こうした荷電原子はイオンと呼ばれる。各原子あるいは各イオンの内部では,電子は静止しているのではなく核の周囲をめぐる複雑な軌道上を動いていると考えられる。1つの原子の大きさ,他の原子や粒子および電磁放射に対する反応性は,核の周囲をまわっている電子の配置で決定される。原子は電子の転移や共有を行うことで互いに結合して,分子のようなより大きな構造を形成する (→原子価電子 ) 。1つの原子核に結びついている電子が近くの他の原子核と引きつけ合う現象 (→ファン・デル・ワールス力 ) によって,液体や固体の形成機構をほぼ説明できる。原子の最も重要な特性は核内にある陽子の数を示す原子番号である。同じ原子番号の原子はすべてほぼ同一の化学的特性をもち同族の元素を構成する。元素を構成する原子がすべて核内に同じ数の中性子をもっているわけではない。原子番号が同じでも中性子の数が異なる原子を,その元素のアイソトープと呼ぶ。アイソトープは同じ化学的特性をもちながらも,質量,核反応における放射性の傾向,磁気特性といった異なる核の特性を示す。原子に関する研究は水素原子のスペクトルの解析,アイソトープの発見,量子力学の導入,素粒子の発見などにより補足され,精密化され,現在にいたっている。

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知恵蔵の解説

原子

原子核とマイナスの電荷をもつ電子からなる粒子。原子核はさらにプラスの電荷をもつ陽子と電荷のない中性子で構成される(ただし、大部分の水素原子は中性子をもたない)。陽子の数を原子番号、陽子と中性子の合計数を質量数と呼ぶ。同じ原子でも中性子の個数が違うものがあり、同位体という。どの原子のどういう同位体かを示すのが核種。例えば炭素原子は「炭素12」「炭素13」「炭素14」の3つの核種が存在する。原子名のあとの数字は質量数。原子はふつう陽子の数と電子の数が等しいので電気的には中性である。しかし、電子が何個かはがれたり、付け加わったりすると全体としてプラスやマイナスの電荷をもつようになる。この状態をイオンと呼ぶ。原子が化学結合によって複数結びつくと分子となる。

(渥美好司 朝日新聞記者 / 2008年)

原子

原子は物質要素の実体を指す呼び名で、「これ以上分けることができないもの」という意味。元素は同種の原子を包括する呼び名。原子の種類は全宇宙を調べても92種類ほどしかなく、人工的に作られた元素を含めて113種が知られている。自然界の多様性、人工的に作り出された様々な物質のすべては、これらの原子の組み合わせからできている。原子に内部構造があることを最初に実験的に示したのは、トムソン(J.J.Thomson、1856〜1940)で、負(-)の電荷を持った軽い粒子(電子)がすべての原子の中に存在することを明らかにした。ラザフォード(E.Rutherford、1871〜1937)は原子の中に正(+)の電荷を持つ成分として、大きさが10兆分の1cm程度の、原子の大きさより5桁も小さい重い粒子(原子核)の存在を明らかにした。原子核は正の電荷を持つ陽子と、電荷を持たない中性子からできており、陽子と中性子の質量はほぼ等しく、電子の質量の1840倍あり、原子の質量の大部分を占めている。原子核の中にある陽子の数(Z)が原子の種類を決め、Zの値が原子番号となる。原子は全体として電気的に中性で、電子数は陽子数と等しく、原子番号により化学的性質がほぼ決まる。原子には、陽子の数Zが等しくて、中性子の数Nが異なる原子があり、それらを互いに同位体(アイソトープ)という。陽子の数(Z)と中性子の数(N)の和A(=Z+N)が質量数で、同位体を区別している。自然界で不変の安定同位体と一定の半減期を持ち、放射線を出して崩壊する放射性同位体がある。質量数12の炭素原子が約6.02×10^23個(アボガドロ定数と呼び、物質量1モルという)集まると質量12gになる。元素の周期表に書かれている原子量は、質量数12の炭素の原子量を正確に12と決め、各元素の安定同位体の存在比をかけて加重平均を取り、相対的な質量として示してある。物質の組成として、1種類の原子しか含まれない場合を単体といい、同種の原子からできた単体で構造も性質も異なるものを同素体と呼ぶ。酸素分子とオゾンがその例。一方、2種類以上の原子からできている分子を化合物という。単体や化合物が、それぞれ、目に見えるくらい多量に集まった集合体は純物質で、2種類以上の純物質の集まりを混合物という。

(市村禎二郎 東京工業大学教授 / 2007年)

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百科事典マイペディアの解説

原子【げんし】

物質を構成する基本的要素の一つで,原子核電子からなる。いずれも直径10(-/)8cm程度の粒子で,水素原子が最小。すべての物質は原子から生じたイオン,あるいは原子が組み合わさってできた分子からなりたつ。
→関連項目モル

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世界大百科事典 第2版の解説

げんし【原子 atom】

物質の基本的な構成要素。もともとはこれ以上分割できない恒常不変な最小のものと考えられていたが,20世紀初期に原子核と電子とから構成されていることが明らかにされた。また,原子内の状態もいろいろに変わりうることがわかり,その後,さらに原子核が陽子と中性子とから構成されていることも明らかとなった。高速の原子核をもう一つの原子核に衝突させると,それらの原子核が壊れて他種の原子核に変わることもある。このように,今日では原子は厳密な意味では究極的な粒子とはいえない。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

原子
げんし
atom

化学的な方法ではそれ以上分割できない物質の基本的な構成単位粒子。原子の語源はギリシア語で「分割できない」という意味のアトモス(ατομοζ)からきているといわれる。化学元素はそれぞれ1種類の原子からなる。元素の種類は原子番号によって表される。水素H(1番)からウランU(92番)まで92種の元素が地球上に天然に存在する。原子核反応により人工的につくられる元素(超ウラン元素)としては、2016年までに原子番号118までの元素について、それらが合成されたという報告がある。ちなみに、原子番号110以上の元素については元素の名前と記号を統一的に命名することが国際純正・応用化学連合(IUPAC:International Union of Pure and Applied Chemistry)によって勧告されている。[鈴木 洋]

原子と分子

同種または異種の原子の組合せおよび結合の仕方の違いによって、きわめて多種類の物質がつくられる。物質中で独立の粒子としてふるまう原子の集合体は分子とよばれる。水素分子(H2)、酸素分子(O2)などのように1種の原子数個からなる単体分子もあるが、多くは2種類以上の原子からなる化合物分子、たとえば水分子(H2O)、アンモニア分子(NH3)などである。物質の1モルの量をとると、そこにはアボガドロ数(約6.0×1023個)だけの個数の分子が含まれる。
 非金属原子からなる単体、化合物や有機化合物では、気体の状態だけでなく液体や固体でも構成単位として分子の存在を認められるが、イオン結晶や金属の結晶では独立の構成単位として分子を考えることは適切でない。周期性をもって並んだ原子またはイオンとしての性質が重要になるからである。[鈴木 洋]

原子の構成要素

原子は1個の原子核と、それを取り巻く1個または複数個の電子からなる。原子核の正電荷により、それをちょうど打ち消すだけの数の電子が静電引力により引き付けられて中性の原子をつくる。原子核の大きさはおよそ10-14メートルの程度であるのに対し、電子群は原子核を中心に直径およそ10-10メートルの領域にわたって存在する。すなわち、原子核を直径約7センチメートルの野球ボールに拡大してみると、原子は700メートル、野球場全体が入るほどの大きさとなる。一方、原子核の質量は電子の質量に比べて甚だ大きい。もっとも簡単な水素原子では、原子核は陽子1個だけからなり、その質量は約1.67×10-27キログラムであるが、これに対し電子の質量はその1836分の1にすぎない。[鈴木 洋]

原子番号と質量数

原子核は陽子と中性子とからなる。陽子と中性子は質量がほぼ等しく、核子と総称される。陽子は正の素電荷をもち、中性子は電荷をもたない。原子の種類は、その原子核を構成する陽子と中性子の数によって決まる。とくに陽子の数は重要である。すなわち、原子核の電荷は陽子の数で決まり、それによりその原子に属する電子の数が決まる。後述するように、元素の化学的性質はほとんどその原子の電子の数により定まるので、陽子数の等しい原子は、同じ化学元素に属することになる。こうして、陽子数は原子番号と一致する。陽子数と中性子数との和は質量数とよばれ、原子質量単位(質量数12の炭素同位体12Cの原子質量の12分の1と定義する)で表した原子の質量と近似的に等しい。原子番号が同じで質量数の異なる原子をアイソトープ(同位体または同位元素)とよぶ。また、質量数が同じで原子番号の異なる原子は同重体とよばれる。原子の質量を表すのによく用いられる化学的原子量が、一般に整数値と一致しないのは、天然に存在する元素が、質量数の異なる数種の同位元素の混合物であるからである。原子核はきわめて狭い場所に大きな質量を閉じ込めた極限的高密度の状態である。原子核を形成する役割をするのが核力である。[鈴木 洋]

原子のエネルギー準位

原子核の正電荷と電子の負電荷の間に働く静電気力によって、電子が原子核の周りに軌道運動を行うことは、太陽系における惑星の運動と似ているが、同じ理論を使ってこれを取り扱うことはできない。原子の中の電子の運動に古典物理学を適用すると、実験事実とあわないさまざまの困難を生ずる。たとえば、電磁気学の理論によれば、荷電粒子が弧を描いて運動すれば、電荷に加速度が働くため電磁波が放射される。したがって軌道電子は刻々運動エネルギーを失って軌道半径が縮まり、ついには電子は原子核と合体してしまうはずである。ところが、この結論は、電子が原子の中で一定の運動状態を保って安定に存在する事実と矛盾する。
 原子スペクトルなどの実験によれば、原子内の電子は、原子の種類によって決まるとびとびの運動状態しかとりえないことが知られている。このとびとびの状態(離散的定常状態)はエネルギー準位とよばれる。放電管の中の原子のように、他の電子の衝突による刺激を受けて高い準位に上げられた原子は、下の準位に飛び移るとき、二つの準位間のエネルギー差に等しいエネルギーを電磁波(光)の形で放射する。これが原子の輝線スペクトルである。また安定な状態(基底状態)にある原子に連続スペクトルをもつ光を当てると、原子の種類に固有のとびとびの波長の光だけが吸収され、吸収線スペクトルが観察される。このことは、基底状態から種々の励起状態への遷移が、光の吸収によっておこることを表す。吸収される光の波長は、励起状態と基底状態のエネルギー差に等しい光子エネルギーをもつ光の波長に限られる。
 原子のエネルギー準位の存在やエネルギー準位の間の遷移を取り扱うには、原子内の電子の運動に微視的世界の力学、すなわち量子力学を適用しなければならない。[鈴木 洋]

量子力学の骨組み

20世紀初頭ラザフォードにより原子核の存在が確証され原子モデルが提唱されてまもなく、ボーアは、原子内の電子軌道として特定の角運動量をもつものだけが許されるという量子条件を仮定することにより、古典力学とエネルギー量子の考えを折衷した理論(古典量子論)を提唱し、原子スペクトルに関する多くの現象を説明するのに成功した。しかしながら、微視的世界の力学を統一的に理解するためには、アインシュタインとド・ブローイによる物質波の概念やボルンによる波動関数の解釈などを経て、1925年ハイゼンベルクとシュレーディンガーによりそれぞれ独立に建設された量子力学の出現を待たなければならなかった。
 光は電磁波の一種であるが、光電効果の場合のように物質と相互作用する際、量子的なふるまいをする。また電子のような微視的粒子は、電子線回折にみられるように波動性をあわせもっている。このように、微視的物質はすべて粒子と波動の二重性をもつことが20世紀になって知られるようになった。量子力学では古典力学とは対照的に、原子内の電子の状態は波動関数(状態関数)をもって表され、エネルギーや運動量などの力学的量は波動関数に作用する演算子で表される。これらの量の間の関係は基礎方程式であるシュレーディンガーの波動方程式により表される。エネルギーその他の物理量のとりうる値は、波動方程式に適当な境界条件を課したときに、方程式の固有値として求められる。個々のエネルギー固有値に対応する波動関数の解は固有関数とよばれる。空間の各点で電子がみいだされる確率は波動関数の2乗で与えられる。
 このように、電子がある時刻にどの場所にいるかということは量子力学では一意的に定まらず、確率が定まるだけである。したがって原子内の電子の運動状態を表すのに古典力学のように決まった軌道を考えるのは間違いで、状態関数の2乗で表した電子雲のような描像を描くのが適切である。その雲の濃淡が、その場所に電子がみいだされる確率の大きさを示すのである。量子力学によれば、原子がとりうる定常状態のエネルギーの値や、原子が光を吸収したり放射したりしてエネルギー準位の間でおこす遷移のおこりやすさなどを一貫した理論体系のなかで正確に計算することができる。[鈴木 洋]

原子の電子殻構造

原子内の電子の定常状態を指定するのに普通4個の量子数の組を使う。主量子数nによりエネルギーのだいたいの大きさが定まる。エネルギーがもっとも低い(束縛エネルギーが大きい)ほうから高いほうへn=1, 2, 3,……の順になっている。方位量子数lは電子の角運動量の大きさを表し、普通l=0, 1, 2, 3,……に対応して固有状態をs, p, d, fの記号で表す。一つの角運動量をもつ状態はさらに磁気量子数ml(角運動量のz成分を表す量子数)で区別される。決まったlの状態に対して許されるmlの値は
 -l,-l+1,……, 0,……, l-1, l
の2l+1個である。すなわち、磁場をかけるとこれだけの数の状態に分離する。最後にスピン量子数msは+1/2か-1/2をとる。
 原子内電子は、基底状態ではエネルギーの低い内側の状態から順に席を占める。ただし、パウリの排他律とよばれる法則があって、一つの量子状態を1個以上の電子が占めることはできない。このため原子内の電子は、その数が増えるにしたがってエネルギーの低い内側の軌道から順に詰められていく。各軌道の収容能力は、1sに2個(スピン+1/2と-1/2)、2sに2個、2pに6個(l=1の軌道は磁気量子数の違いにより3個の準位に分かれる)、3sに2個、3pに6個、3dに10個(l=2の軌道は磁気量子数の違いにより5個の準位に分かれる)というように定まっている。主量子数の等しい状態はエネルギーについてひとまとめとして扱えるので、同一の電子殻に分類される。nが1、2、3、4、5の殻をそれぞれK、L、M、N、O殻とよぶ。各殻に含まれる状態数は、K殻に2個、L殻に8個、M殻に18個となる。[鈴木 洋]
原子の電子殻構造と化学的性質
以上のような殻構造を念頭に置くと、元素の種々の化学的性質が周期律に従って変化することが、よく理解できる。希ガス元素ヘリウムHe、ネオンNe、アルゴンArなどでは、それぞれK殻、L殻およびMの副殻(3p軌道まで)に電子がちょうどいっぱいに詰まっており、そのため化学的にもっとも不活性である。アルカリ金属リチウムLi、ナトリウムNa、カリウムKなどでは閉殻の外の殻に1個だけs電子があるので、イオン化エネルギー(電子を1個取り去るのに必要なエネルギー)がとりわけ小さく、他の原子に電子を与えて正イオンになりやすい性質をもっている。一方、ハロゲン族フッ素F、塩素Cl、臭素Brなどでは、希ガス原子のように閉殻をつくるには電子が1個足りないので、電子をもらって1価の負イオンになりやすい性質をもつ。
 普通、ある元素の原子1個が特定の原子(水素原子を標準にとり1とする)何個と結合するかを示す数を原子価とよび、原子間に結合が形成される機構を考える基本となるが、原子価は、原子の最外殻にあって化学反応に参加する電子(価電子)の数によって決まる。[鈴木 洋]
原子内電子の束縛エネルギー
ウランやプルトニウムを使った原子炉から取り出されるエネルギーを一般に原子エネルギーとよぶ習慣があるが、これは誤解を伴いやすい。原子炉のエネルギーは原子核分裂により発生するものであり、原子核エネルギーとよぶのが正しい。原子のエネルギーはむしろ化学反応のエネルギーに近い。
 原子のいちばん外側にある電子を原子の外に取り去るのに要するエネルギーは最小イオン化エネルギーとよばれる。いちばん大きな値をもつものはヘリウムで24.58電子ボルト、いちばん小さい値はセシウムの3.9電子ボルトである。ここで電子ボルトは、素電荷をもつ粒子が1ボルトの電位差で加速されるとき獲得するエネルギーで、約1.6×10-19ジュールに相当する。
 原子内電子のうちいちばん大きなエネルギーで束縛されているのは最内殻(K殻)の電子である。天然元素ではウランのK殻電子のエネルギーが最大で、この値は約11万6000電子ボルトである。このような内殻準位のエネルギーに関する知識は、元素の特性X線やX線光電子スペクトルの測定から得られる。[鈴木 洋]

原子の構造の精密測定と物理学の基本法則の探求

原子のエネルギー構造や原子を含む種々の衝突過程の観測結果は、基本的には量子力学と量子電磁力学(QED)の適用によって解明されると考えられるが、ラム・シフトや電子の因子のように、現在でも対象となる系をいろいろと変えて測定が続けられ、絶えずより精密な測定値が求め続けられている分野がある。
 歴史的に、ラム・シフトは1947年初めて水素原子の2S1/2状態と2P1/2状態の間のエネルギー差(これはディラックの相対論的量子力学でも予言されなかった)として発見され(ラム、1955年ノーベル物理学賞を受賞)、のちにQED(朝永(ともなが)振一郎、シュウィンガー、ファインマン、1965年ノーベル物理学賞)の適用によって解明された。水素型原子(またはイオン)のラム・シフトは十分精度の高い測定値と計算値を比較することによってQEDの限界を検証するのに役だつと考えられ、さまざまな精密実験が行われてきた。重元素の原子から多数の電子をはぎ取って1個だけ電子を残して得られる水素様多価イオンでは、ラム・シフトがレーザー分光の種々の先端技術を適用するのに適した可視や紫外部に現われるので、種々の多価イオンを対象とするラム・シフトの精密測定は新しい原子物理学における研究課題となっている。また、普通の原子核と異なる核をもつ原子系(異粒子原子、エキゾティック原子)の分光学的研究が新しい原子物理学の課題として登場してくる。たとえば陽子のようなハドロンのかわりにレプトンの一種であるμ(ミュー)粒子が置き換わったミュオニウム(μ粒子と電子の束縛系μ+-e-)のような系についてスペクトルの測定が行われている。また、陽電子と電子とからなる束縛系(ポジトロニウムe+-e-)の分光研究も広く行われている。
 また、電子の因子の測定(クーシュ、1955年ノーベル物理学賞)はその後も種々の方法を用いて続けられ、2000年現在、ワシントン大学のデーメルトらにより、超高真空中にトラップした粒子のサイクロトロン共鳴周波数を測定する方法に基づいて、電子と陽電子について、の値の2からのずれの値が11桁(けた)まで正確に測定されているということである。
 これらの精密測定は、1970年代以降のレーザー分光技術の発展(ブルームバーゲン、ショウロウ、1981年ノーベル物理学賞)によって著しく促進され、さらに原子のレーザー冷却とレーザー・トラップ技術の開発(チュー、コーエンタヌジ、フィリップス、1997年ノーベル物理学賞)によって画期的な状況に達している。コーネル、ケターレ、ワイマンが「アルカリ原子の希薄気体におけるボース‐アインシュタイン凝縮の実現」の業績によって2001年のノーベル物理学賞を受けたことは、今後の発展の目ざましさを予測させるものである。
 一方、粒子加速器を応用してエキゾティック原子を生成する研究がCERN(セルン)(ヨーロッパ原子核研究機構)を中心に進められ、エキゾティック原子の研究が1990年代のなかばから急速に開かれてきた。とくに、山崎敏光(としみつ)(1934― )、早野龍五(りゅうご)(1952― )、森田紀夫(のりお)(1951― )ら日本のグループが反陽子ヘリウム原子(ヘリウムの電子1個が反陽子で置き換わった束縛系、-He+と書かれる)をつくり、1993年(平成5)にそのレーザー分光に成功したことは、特筆に値する。日本のグループはさらに2002年、反水素原子の大量生成に成功し、そのレーザー分光の準備を始めている。反水素は反陽子(陽子の反粒子)と陽電子(電子の反粒子)とからなる原子番号1の典型的な反物質原子(-e+または-)であり、そのエネルギー準位その他種々の性質の精密な測定結果を水素のそれと比較することは、物理学の基本法則における対称性を議論する際の基礎となるものである。物理法則の対称性に関しては、空間反転すなわち鏡映像をつくる変換(P変換とよばれる)、粒子と反粒子を置き換える変換(荷電共役変換、C変換とよばれる)および時間反転(T変換とよばれる)の3種の変換に関して、物理法則がどのようなふるまいをするかを知ることが必要である。弱い相互作用におけるP対称性の破れ(パリティ非保存の理論により、李政道(りせいどう/リーチョンタオ)、楊振寧(ようしんねい/ヤンチェンニン)、1957年ノーベル物理学賞)と中性K中間子崩壊におけるCP対称性の破れ(クローニン、フィッチ、1980年ノーベル物理学賞)など部分的な対称性の破れが知られているが、現在の場の理論ではすべての素粒子現象に対して、C、P、T同時反転に関しては物理法則は不変に保たれるべきであるとされている(CPT定理)。CPT定理の正しさは2002年現在、陽子と反陽子の質量の偏差が6×10-8以下、電子と陽電子の質量の偏差が8×10-9以下という精度で確かめられている。エキゾティック原子の精密分光はこのような物理法則の基礎原理の検証に役だつばかりでなく、宇宙創生の際どのような理由で、反物質の世界でなく物質の世界が創生されたのかなどという、宇宙創生の理論の解明にとっても重要な課題であろう。[鈴木 洋]
『『量子力学的世界像』(『朝永振一郎著作集8』1982・みすず書房) ▽エミリオ・セグレ著、久保亮五・矢崎裕二訳『X線からクォークまで――20世紀の物理学者たち』(1982・みすず書房) ▽G・ヘルツベルク著、堀健夫訳『原子スペクトルと原子構造』(1988・丸善) ▽長島順清著『素粒子物理学の基礎1』(1998・朝倉書店) ▽荒船次郎・江沢洋・中村孔一・米沢富美子編、高柳和夫著『原子分子物理学』(2000・朝倉書店) ▽高田健次郎著『わかりやすい量子力学入門――原子の世界の謎を解く』(2003・丸善) ▽ジャン・ペラン著、玉虫文一訳『原子』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内の原子の言及

【原子論】より

…物質を分割していくと,それ以上分割できない究極・最小の単位すなわち〈原子〉に到達する,という説を原子論の定義として採るとすれば,後述されるように古代インドにも原子論は認められる。しかし以下のような,ギリシア=ヨーロッパの原子論(アトミズム)の伝統のもつもう一つの論理的特徴はもたないと考えられる。…

【周期律】より

…元素の物理・化学的性質は,その原子番号の増加とともに周期的な変化をくりかえしていくという化学の根本的な法則。これを表の形で表したものが周期表である。…

【素粒子】より

…19世紀になって,イギリスの化学者J.ドルトンは,このような物質の最小の単位の存在を科学的に証明し,これに古代ギリシアの〈アトム〉という名を与えた。これが原子である。原子は確かに物質を構成する基本粒子であり,化学的性質を保つ最小の単位ではあったが,しかし20世紀に入ると,この原子はそれ自身決して分割不可能なものでなく,中心に原子核という小さな粒子があって,そのまわりをいくつかの電子という小さな粒子が回っていることが明らかにされ,さらに原子核も陽子と中性子の複合体であることがわかった。…

※「原子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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