飯牟礼村(読み)いいむれむら

日本歴史地名大系 「飯牟礼村」の解説

飯牟礼村
いいむれむら

[現在地名]伊集院町飯牟礼

下谷口(しもたにぐち)村・恋之原(こいのはる)村・古城(ふるじよう)村の西、矢筈(やはず)岳・諸正(もろまさ)岳東麓の標高一四〇メートル前後のシラス台地に立地する。上(かみ)・中(なか)・下(しも)の三集落があり、北部の下集落を日置(現日吉町)へ至る道が通る。北西部の長谷(ながたに)川(神之川支流)流域にわずかに田畑が開ける。町田氏正統系譜によれば、島津忠経の子で町田氏祖の忠光流の光宗が飯牟礼に住して飯牟礼姓を名乗ったという。文禄五年(一五九六)九月一五日、伊集院幸侃は伊集院内の「飯牟礼之村」のうち高五石を大迫五郎左衛門尉に加増している(「伊集院幸侃署判加増目録」旧記雑録)。

江戸時代には当初鹿児島藩の直轄領であったが、享保一一年(一七二六)に日置家島津久健領となったと伝え(「地誌備考追録」黎明館蔵)、以後日置島津氏領で幕末に至った(私領高等取調帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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