養行寺(読み)ようぎようじ

日本歴史地名大系 「養行寺」の解説

養行寺
ようぎようじ

[現在地名]前橋市三河町一丁目

旧芳町(よしちよう)(十八郷町)通南側の中央にあり、東に正幸(しようこう)寺、西に隆興(りゆうこう)寺がある。清玖山大乗院と号し、法華宗、本尊十界大曼荼羅・宝塔多宝釈迦。天正七年(一五七九)酒井重忠が三河国に創建。酒井氏に従って慶長六年(一六〇一)川越(かわごえ)(現埼玉県川越市)から前橋城内高浜(たかはま)曲輪に移り、明暦年中(一六五五―五八)現在地に移ったという。「国志」に「林中天神社あり、城中よりここに移す、城中の天神山は、相伝義経の妾静が墓なり、或は他女の静と云へる者を葬るか、古へ石碑と天神の社ありしを、こゝに移して、天神山には涼楼を建しとなり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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