香宗我部城跡(読み)こうそがべじようあと

日本歴史地名大系 「香宗我部城跡」の解説

香宗我部城跡
こうそがべじようあと

[現在地名]野市町土居

香宗こうそう川右岸に近い平地にある。中世地頭から戦国の有力国人へと発展した香宗我部氏歴代の城館跡で、香宗城、香宗土居こうそうどい城ともいわれた。築城年代は明らかでないが、建久四年(一一九三)六月、甲斐の中原秋家が宗我部・深淵ふかぶち両郷の地頭に補任されているので(香宗我部家伝証文)、鎌倉初期に地頭館として築かれたのであろう。

天正一六年(一五八八)の香宗分地検帳の東キト村に「御土居」がみえるが地積の記載はない。御土居を中心に「御弓場」のほか東南に東キト、南に二ノ塀、二ノ塀の南に南殿、西に西キト、北に御北ヤシキがあり、弓場以外は現地籍図で確認される。郭はほぼ矩形で、北部に位置する御土居の地積は現地籍図から全城館の約三分の一を占めたと推定される。城館東北隅にある八幡社は城の建設に当たり鬼門鎮護の社として勧請されたと伝えられ、八幡社南の塁跡と二ノ塀の東西にわずかに残る塁跡とともに香宗城の唯一の遺構である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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