香美村(読み)かがみむら

日本歴史地名大系 「香美村」の解説

香美村
かがみむら

[現在地名]市場町香美

市場町の南東に位置し、南部を吉野川が東流する。北の撫養むや街道から分岐して吉野川の渡しに通じる南北路がある。「和名抄」に記す阿波郡香美郷の遺称地とされ、加久三(同書高山寺本)加々美(同書伊勢本)の訓からして本来は一字または三字の表記であったものが、和銅六年(七一三)の好字策に伴い香美の選字になったものであろう。中世の成立とされる国内式社記載文書(徴古雑抄)に「□美郷加々美」とみえる。地内に善入寺ぜんにゆうじ住吉本すみよしもと郷社ごうしやきたわたりなどの地名があり、郷社本ごうしやもとは「延喜式」神名帳に記す阿波郡二座の一つ「建布都神社」の鎮座地とする説があり、阿波郡・板野いたの郡などにあった物部氏の氏神社であったとされる。「阿府志」によれば地内の藤太夫須賀とうだゆうずかに鎮座する杉尾すぎお大明神が俗号であるという。あるいは平治へいじ権現が式内社を継承するともいわれ、同所に建布都たけふつ神社(旧郷社)が祀られる。同社の境内に応安二年(一三六九)銘の板碑があり、法眼定金が父の三十三回忌の際に建立したと記される。同年銘の板碑が大野おおの寺末の永福えいふく寺跡という地にもある。田淵大松たぶちおおまつの虚空蔵堂跡に暦応四年(一三四一)銘の板碑(現在は市場町立歴史民俗資料館保管)、応永七年(一四〇〇)銘の板碑がある。嘉吉二年(一四四二)阿州麻植おえ郡の「そかわ」(現鴨島町の仙光寺の前身)が率いていた檀那のうち「かかみ殿三良これうにん」「かかみ殿三良まゑいたあこ」ら三人は、熊野への願文帳を本宮の二階堂四郎太郎に依頼することを誓っているが(同年二月二七日「先達十河幸賢願文」二階堂氏文書)、この板西ばんざい郡のかかみ殿は香美の出身であろうとする説がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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