馬形神社(読み)まがたじんじや

日本歴史地名大系 「馬形神社」の解説

馬形神社
まがたじんじや

近世の松前城下端立はたて町に鎮座していたが、大正八年(一九一九)に現字神明しんめい徳山とくやま大神宮に合祀された。旧地は「丘上にて眺望よく、松前海上市里とも一望」の地であった(松前歳時記草稿)祭神は天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神。旧郷社。創立年代不詳。その原型と考えられる馬形野(まかどの・まがとの)観音堂が造営されたのは文安―宝徳期(一四四四―五二)と伝え、造営者は鎌倉幕府により追放された追討民・強盗・海賊の総称ともされる「渡党」という(福山秘府・諏訪大明神絵詞)。とすればこの観音堂は蝦夷島において堂社の先駆けをなすものであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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