駒野城跡(読み)こまのじようあと

日本歴史地名大系 「駒野城跡」の解説

駒野城跡
こまのじようあと

[現在地名]南濃町駒野

駒野集落の北西にある中世の山城跡。標高約三〇メートルの小丘に本城とみられる郭があり、東・西・南の三面を五〇メートル余の土塁が囲んでいたという。現在は小学校の敷地。正暦年間(九九〇―九九五)瀬戸道明寺なる者が創築、鎌倉期に土岐氏が改築したともいう。一般には高木貞政の築城とされるが、高木家譜(「高木家先祖書」市田文書)によればその伯父貞成の創築。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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