駿府代官所跡(読み)すんぷだいかんしよあと

日本歴史地名大系 「駿府代官所跡」の解説

駿府代官所跡
すんぷだいかんしよあと

[現在地名]静岡市紺屋町

駿河国の幕府領支配にあたった駿府代官の役所跡。紺屋町こうやまち役所などとよばれた。徳川家康在城時の景観をうかがわせる駿府古絵図(県立中央図書館蔵)に「御代官屋敷」とみえ、駿府町奉行で幕府領支配にもあたったという彦坂九兵衛・畔柳寿学の名が記される。江戸後期の町方絵図でも「御代官ヤシキ」とみえる。寛文二年(一六六二)駿河国の幕府領は駿府町奉行支配から代官支配となり、当地に役屋敷が設置され、紺屋町代官所とよばれた(「駿河志料」など)。これに対し、寛永九年(一六三二)の徳川忠長領収公後、下島政真と井出十三郎の両者が幕府領を暫定的に預かり、翌一〇年に安藤次吉が駿府を中心とする幕府領支配を開始、これが駿府代官の成立であるが、役所の創置年代は確定できないとの見解がある(静岡県史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android