高倉永秀(読み)たかくら ながひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高倉永秀」の解説

高倉永秀 たかくら-ながひで

1728-1799 江戸時代中期の公卿(くぎょう)。
享保(きょうほう)13年5月1日生まれ。桃園天皇につかえて正三位にのぼる。王政復古をこころざし,竹内式部(たけうち-しきぶ)の垂加(すいか)神道説に賛同,宝暦事件に連座して宝暦8年右兵衛督(うひょうえのかみ)を免官,10年出家した。寛政11年6月11日死去。72歳。法名は常山

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の高倉永秀の言及

【高倉家】より

…(1)藤原氏北家の流れ。閑院左大臣冬嗣の男,権中納言長良(802‐856)の後裔。南北朝期の参議永季(1338‐92)を始祖とする。家格は半家,旧家。権大納言を極官とする。始祖永季が有職故実に通暁し,以後代々有職故実を家業とし,ことに装束の家として衣紋の調進をつかさどり,山科家と双へきをなす。政治史的には,江戸時代後期に宝暦事件に連座して落飾した永秀(1728‐99),また明治維新に当たって,北陸道鎮撫総督兼会津征討総督となり,会津で戦死した永祐(1838‐68)が知られている。…

※「高倉永秀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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