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高山宗砌 たかやま そうぜい

美術人名辞典の解説

高山宗砌

連歌師。名は時重。朝山梵燈庵・正徹師事。京都の連歌界の中心的位置を占める。北野社連歌会所奉行兼宗匠職に任ぜられた。康正元年(1455)歿

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百科事典マイペディアの解説

高山宗砌【たかやまそうぜい】

宗砌

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高山宗砌 たかやま-そうぜい

?-1455 室町時代の連歌師。
山名持豊の家臣。和歌を清巌正徹(せいがん-しょうてつ)に,連歌を朝山梵灯庵(ぼんとうあん)にまなぶ。北野社連歌会所奉行兼宗匠職に任じられ,一条兼良(かねら)とともに連歌式目「新式今案(こんあん)」の編成にあたった。享徳4年1月16日死去。俗名は時重。著作に「古今連談集」,句集に「宗砌句集」など。
【格言など】世の中にひまある身こそ悲しけれ(「兼載雑談」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

高山宗砌

没年:康正1.1.16(1455.2.2)
生年:生年不詳
室町時代の連歌師。俗名,高山民部少輔時重。但馬国(兵庫県)守護山名氏の家臣。和歌,『源氏物語』を清巌正徹に,連歌を梵灯庵に学ぶ。永享5(1433)年室町幕府将軍足利義教興行の北野万句に出座,また山名持豊,正徹らと歌会を催した。以後しだいに連歌界の中心的存在となり,文安2(1445)年の『文安月千句』『文安雪千句』にも加わった。同5年北野連歌会所奉行,宗匠職に就任し,一条兼良と連歌式目の改訂に取り組み,また諸人の求めに応じて自己の句集を編むなど,活動の幅を広げたが,享徳3(1454)年持豊が政変で但馬に隠棲したのに従い,奉行を辞して下国,翌年その地に没した。句集に『宗砌句集』『救済宗砌百番連歌合』,連歌論に『古今連談集』『初心求詠集』などがある。<参考文献>金子金治郎『新撰菟玖波集の研究』,木藤才蔵『連歌史論考』上

(沢井耐三)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高山宗砌
たかやまそうぜい

宗砌」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内の高山宗砌の言及

【宗砌】より

…室町中期の連歌師。山名時熙(ときひろ)・持豊(宗全)の家臣。俗名は高山民部少輔時重。連歌を梵灯庵主に学ぶ。1433年(永享5)《北野社万句》に参加,48年(文安5)北野連歌会所宗匠となり,連歌界を指導。山名持豊に従い但馬に下向し,翌年同国で没した。享年70歳前後。《新撰菟玖波集(つくばしゆう)》中,心敬についで第2位の入集句数をもつ。宗祇(そうぎ)を教え,後年の連歌黄金時代に影響を与えた。連歌論書に《密伝抄》(1455)などがある。…

※「高山宗砌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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