高山市村(読み)こうやまいちむら

日本歴史地名大系 「高山市村」の解説

高山市村
こうやまいちむら

[現在地名]川上町高山市

川上郡の西端、標高五五〇―六〇〇メートルの吉備高原上に位置し、東は高山村・大原(おおばら)村、西は備後国および後月(しつき)郡東三原(ひがしみはら)村(現芳井町)、北は平川(ひらかわ)村(現備中町)。備中笠岡と備後東城(とうじよう)(現広島県比婆郡東城町)を結ぶ往来のほぼ中間点に位置し、南北の物資輸送の中継地として開け、その中心集落は往来筋に沿って街村を形成している。街並は東三原村と接し、同村との境界は複雑に入組む。また穴門山(あなとやま)神社が北方に鎮座し、その門前町としても繁栄した。

寛永備中国絵図に載る高山村のうち松山藩領分高一〇三石余が当村にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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