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高島北海 たかしま ほっかい

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美術人名辞典の解説

高島北海

日本画家。山口県生。名は得三。地質学・植物学を学び、農商務省山林局に勤めた。画は初め独学で、のち大庭学僊に学ぶ。植物学の深い造詣を基礎とし、南画に写生を加えた清新な山岳画を描いた。日本美術協会幹事。文展審査員。昭和6年(1931)歿、82才。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

高島北海

山岳風景画で知られる明治~昭和初期の日本画家。絵は独学で学んだ。明治政府の技術官僚として地質調査や山林行政に20年以上携わり、山岳のスケッチを数多く残した。仏ナンシーの森林高等学校に留学中、植物や曲線を多用した装飾で知られるアールヌーボーの芸術家と交流。50代で本格的に画業で生計を立てるようになった。長門峡名付け親でもあり、県内各地の名勝の保存・開発に尽力した。

(2011-11-25 朝日新聞 朝刊 山口 1地方)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高島北海 たかしま-ほっかい

1850-1931 明治-大正時代の日本画家。
嘉永(かえい)3年9月26日生まれ。幼少より絵を独学。フランスのナンシー森林高等学校に留学し,帰国後林務官となるが,明治32年退官。山岳画家となり東京勧業博などで受賞。文展審査員をつとめた。昭和6年1月10日死去。82歳。長門(ながと)(山口県)出身。本名は得三。作品に画冊「北海山水百種」など,著作に「写山要訣」。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

高島北海

没年:昭和6.1.10(1931)
生年:嘉永3.9.26(1850.10.31)
明治大正期の地質学者,画家。長門国萩(萩市)江向村に藩医良台の次男として生まれた。本名得三。北海は号。明治5(1872)年工部省に勤め,生野銀山に赴任し,フランス人技師コワニェから地質学とフランス語を学ぶ。7年に『山口県地質図説』『山口県地質分色図』を著す。日本人独自作成の最初の地質図であった。17年万国森林博覧会参加要員として渡英,その後,命じられて南仏ナンシー山林学校へ留学した。ナンシーで日本画法を紹介,ガレその他に影響を与え,アールヌーボー運動を刺激した。21年帰国し農商務省技師を務めたが,画家に転じ,米国や中国へ写生旅行に出,文展審査員にもなる。日本では顕彰されていないが,フランスでは業績が高く評価されている。

(石山洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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