高祖城跡(読み)たかすじようあと

日本歴史地名大系 「高祖城跡」の解説

高祖城跡
たかすじようあと

[現在地名]前原市高祖など

前原市東端、福岡市西区との境にあった中世山城。高祖山(四一六・一メートル)山頂部に本丸、北側下に二の丸があり、石垣の一部や堀切・空堀跡などが残る。奈良時代の怡土いと城の土塁を利用している。原田はらだ城・高祖山たかすやま城ともよばれる。文和二年(一三五三)と推定される二月三日の少弐頼尚感状(由比文書/南北朝遺文(九州編)三)原田城がみえ、前年に足利尊氏方の攻撃を受け由比重富正雄らが防戦している。文明一〇年(一四七八)烏田通忠ら高祖城衆は応仁・文明の乱の間、東軍の少弐・大友氏側につかず当城に立籠ったことを賞され(「正任記」同年一〇月五日条)、通忠は多久たく村一五町・高麗寺こうらいじ六町余を与えられた(同年一〇月一三日大内政弘下文「正任記」同月一八日条)。明応五年(一四九六)一二月より翌年三月まで少弐政資らの軍勢から攻撃を受けたが、大内義興方の烏田・王丸両氏らはこれを防いだ(同六年六月二一日「大内氏奉行人連署奉書」王丸文書/大宰府・太宰府天満宮史料一四)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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