朝日日本歴史人物事典 「高階信順」の解説
高階信順
生年:生年不詳
平安中期の官人。従二位成忠の子。妹の貴子が関白藤原道隆の妻となって伊周,定子(一条天皇中宮)を生みこの家系は大きく躍進。しかし,道隆の病死後,流罪となって伊周が配所の大宰府(太宰府市)に下らず中宮御所に逃げこみ検非違使らの捜索をうけた際,同じく身を隠していた信順らも追捕され,長徳2(996)年冬,配所の伊豆国(静岡県)に流された。2年後,権左中弁から左中弁に昇進しているから,配流は短期間であったろう。出家直後に病死した。
(朧谷寿)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報