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高階成忠 たかしなの なりただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高階成忠 たかしなの-なりただ

923-998 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
延長元年生まれ。東宮学士,一条天皇の侍読をつとめ,従三位にすすむ。孫の藤原定子が中宮になったことにより正暦(しょうりゃく)2年従二位にのぼり,姓(かばね)の真人(まひと)を朝臣(あそん)に改めた。長徳4年7月死去。76歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高階成忠

没年:長徳4.7(998)
生年:延長1(923)
平安中期の官人。高二位と称される。法号は道観。宮内卿良臣と民部大輔藤原博文の娘の子。学者として知られ,26歳で文章生となったのを皮切りに大内記,大学頭を歴任し,東宮学士の労により64歳で従三位非参議になった。『古今著聞集』によれば娘の貴子のもとへ忍んで通っていた藤原道隆(のちに関白)を垣間見て将来必ず大臣になると予見し,ふたりの仲を許したという。この間に生まれた定子が一条天皇の中宮となったことで成忠は姓を真人から朝臣に改め従二位に叙せられた。大内記のとき藤原実頼を関白とする詔書を草したのをはじめ,改元ほかの詔書を作成した。外孫伊周(道隆の子)が藤原道長との政権争いに敗れたことで,長徳1(995)年陰陽師に道長を呪詛させたが,これが発覚し,伊周たち中関白家の没落を早めることになった。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

たかしなのなりただ【高階成忠】

923‐998(延長1‐長徳4)
平安中期の学者。従四位下宮内卿良臣の男。父と同じく文章道より出身し,高才の誉れ高く,式部大輔・東宮学士に任じ,986年(寛和2)一条天皇が践祚するや,東宮学士の功労をもって従四位上より従三位に昇った。さらに女の貴子(きし)が関白藤原道隆に嫁し,その所生定子が入内して一条天皇の寵を得るに及び,従二位に進んで高二位とよばれ,高階真人の姓を朝臣に改め,子孫相並んで弁官や国守に任じ,一家の繁栄を誇った。992年(正暦3)出家して道観と称したが,998年赤瘡(あかかさ)にかかって没した。

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