鯨山古墳(読み)くじらやまこふん

日本歴史地名大系 「鯨山古墳」の解説

鯨山古墳
くじらやまこふん

[現在地名]今治市馬越

今治平野の西北隅、蒼社そうじや川とあさ川の間の独立山丘(一〇メートル余)上にある未掘古墳である。この景観と地名について「愛媛面影」には「馬越村の田中に茂たる小山是なり、寺あり安養寺と号く、往古は此辺まで入江にて潮の来る時は馬にて越るによりて馬越村と云とぞ、入江の中に在る鯨鯢くじらの跳がごとし、よりて鯨山と名けたるなるべし、此山を掘れば今にかき売多く出と云」と記されている。

この山の二つの丘は全長一六〇メートルあって、瓢形にみえるが、全形が長大すぎて今日的な前方後円墳の概念にはあてはまりにくい。さきに前方部とされた所には三島神社と寺があり、かなり削平されており、後円部と見られていた所(標高一五メートル)には小祠が祀られているが、その一部に埴輪出土もあったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む