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鱗形屋孫兵衛 うろこがたや まごべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鱗形屋孫兵衛 うろこがたや-まごべえ

江戸時代の版元。
万治(まんじ)(1658-61)から天明(1781-89)ごろまでつづいた江戸で有数の地本問屋。初代は三左衛門,2代以後は代々孫兵衛を称した。初めは浄瑠璃(じょうるり)本,のち草双紙,吉原細見,宝船などで知られ,黄表紙最初の「金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)」を刊行した。姓は山野。号は鶴鱗(林)堂。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鱗形屋孫兵衛

明暦年間(1655~58)ごろ創業,文化初年ごろまで続いた江戸の有力な地本問屋。山野氏。鶴鱗堂と号す。初代は三左衛門,2代以降は孫兵衛を称する。鱗形屋は浄瑠璃本,仮名草子,菱川師宣の絵本から,赤本,黒本,青本などを板行し,特に,安永4(1775)年黄表紙第一作とされる恋川春町の『金々先生栄花夢』刊行後は,全盛期の黄表紙出版をリードした。八文字屋本をはじめ上方浮世草子の江戸売りさばきを積極的に行うなど,近世中期の江戸文学の興隆に大きく寄与したが,『吉原細見』の版権を手放した天明年間(1781~89)以降,第一線から退いていく。<参考文献>弥吉光長「出版起源期の書肆の活動 2」(『国学院大学栃木短期大学紀要』18号)

(安永美恵)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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