鳥居河原矢場小路・鳥居河原刺町(読み)とりいがわらやばこうじ・とりいがわらえさしまち

日本歴史地名大系 の解説

鳥居河原矢場小路・鳥居河原刺町
とりいがわらやばこうじ・とりいがわらえさしまち

[現在地名]鶴岡市鳥居町とりいまち山王町さんのうまち

鳥居河(川)原矢場小路(現鳥居町・山王町)与力よりき町の南にある東西に続く給人屋敷地。南は鳥居河原御徒おかち町、地名は元禄一五年(一七〇二)与力町端に建てられたとされる矢場の跡に屋敷割されたことによる。この矢場は与力町矢場、また鳥居河原矢場ともよばれ、東に矢先を向ける四〇―五〇町ほどの規模であった。宝永四年(一七〇七)には折掛三十三間堂が建てられた。延享二年(一七四五)矢場は取壊されて跡地に屋敷割が行われ、御徒衆坂部平兵衛・小右筆平沢彦作ら一〇名の屋敷地となった(大泉掌故)。文政四年(一八二一)頃の城下絵図には鳥井河原とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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