コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

鳥海松亭 とりのうみ しょうてい

3件 の用語解説(鳥海松亭の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

鳥海松亭

江戸後期の儒者。出羽生。名は恭、字は仲黙、通称は重三郎。庄内藩医となるが辞し、儒者市河寛斎の門に学ぶ。老荘の学で知られ、物産学にも通じ書画も能くした。文政2年(1819)歿、48才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鳥海松亭 とりのうみ-しょうてい

1772-1819 江戸時代後期の儒者,蘭学者。
安永元年生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩医鳥海良琢(りょうたく)の長男。28歳のとき藩医を辞職し,江戸で市河寛斎(かんさい)に儒学をまなぶ。のち吉田長淑(ちょうしゅく)の蘭馨(らんけい)堂で蘭学をおさめる。物産学にも通じた。文政2年4月18日死去。48歳。名は恭。字(あざな)は仲黙。通称は重三郎。著作に「音韻啓蒙」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鳥海松亭

没年:文政2.4.18(1819.5.11)
生年:安永1(1772)
江戸後期の学者。名は恭,字は仲黙,重三郎と称す。松亭は号。書斎号を鳳翔館。庄内(鶴岡)藩医鳥海良琢の長男に生まれたが,家督を譲り江戸に出て下谷三枚橋に住む。当時活躍中の学者や文人たちと交友を持ち学問に努めた。漢学を市河寛斎,蘭学を吉田長淑の蘭馨堂に学ぶ。文化13(1816)年に刊行された著書『音韻啓蒙』は和漢洋の研究のなかから日本語の音韻,表記法を論じたもので言文一致を提唱していることは注目される。他に『文章逢源』『荘子独断』『大学奉旨』『中庸奉旨』『泰西余言』『松亭小言』『音韻析毛』が知られるが,『音韻啓蒙』のほかは残っていない。墓所は心月院(東京都杉並区)。<参考文献>平野満「蘭馨堂門人・鳥海松亭」(田崎哲郎編『在村蘭学の展開』)

(平野満)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

鳥海松亭の関連キーワード高橋波藍成瀬正胤村田準朔渡辺松臺松田蘆山松本龍澤河田磻溪伊星双缶斎藤抱山岸田青城

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone