鳴瀬神社(読み)なるせじんじや

日本歴史地名大系 「鳴瀬神社」の解説

鳴瀬神社
なるせじんじや

[現在地名]武雄市橘町芦原字鳴瀬

杵島きしま山系の鳴瀬山西側の中腹にある。

社伝によれば和銅四年(七一一)の創祀という。旧村社。祭神は伊弉諾・伊弉冉二神と忍穂耳命となっていたが、のちに菅原道真と猿田彦命を合祀した。

神殿の左側に天満宮・八大竜王・水神・道祖神・地神の小さな石祠があり、天満宮は菅原道真を、道祖神は猿田彦命を合祀した時点につくられたものであろう。第二鳥居は肥前鳥居だが明暦三年(一六五七)の台風で笠木が落ちて修復し、原形をなくしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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