日本歴史地名大系 「鳴鹿大堰」の解説
鳴鹿大堰
なるかおおぜき
ヨリ取出持参入
見参
」などとある。
江戸時代、当大堰の用水懸りの村数と石高は、年代によって差異はあるが、おおむね一一八ヵ村、六万六千三三九石で、堰の幅員は一一六―一三八間であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
ヨリ取出持参入
見参
」などとある。
江戸時代、当大堰の用水懸りの村数と石高は、年代によって差異はあるが、おおむね一一八ヵ村、六万六千三三九石で、堰の幅員は一一六―一三八間であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...