鴇波村(読み)ときなみむら

日本歴史地名大系 「鴇波村」の解説

鴇波村
ときなみむら

[現在地名]豊里町鴇波

登米郡南端、南流する北上川が猪眠いねむり山麓で二つに分流し、一流が西方に流れを転じる低湿地帯にあり、北から西にかけての山地と北上川とに挟まれて耕地が広がる。北は寺池てらいけ境沢さかいさわ(現登米町)、南は赤生津あこうづたけさわ、東は北上川、西は善王寺ぜんのうじ末田すえだ(現米山町)に接する。縄文、奈良―平安時代のはさま遺跡、奈良―平安時代の山根やまね遺跡がある。山根の丘陵斜面に美濃守という人物が住んだと伝える中世の美濃みの館跡が残る(登米郡史)。この近くの瑠璃光山医王いおう寺跡に貞和三年(一三四七)から応永八年(一四〇一)にかけての板碑が一六基ほど残るが、早くから開発が進んだのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む