鴨院跡(読み)かもいんあと

日本歴史地名大系 「鴨院跡」の解説

鴨院跡
かもいんあと

鴨院は押小路鴨井殿おしこうじかもいどの(平家物語)ともよばれた邸宅で、冷泉上皇の仙洞御所や、後に陽明門院禎子内親王御所ともなった。

その位置を「拾芥抄」は「二条南、室町西一町、南北二町、或非院字、鴨井也云云、堀川院誕生所云云、或昔在古井鴨常居云云」と記し、同書東京図は、東三条殿ひがしさんじようどのの東、二条大路南、烏丸小路東、室町小路西、三条坊門小路北二町とする。この地は現在の上妙覚寺かみみようかくじ町・下妙覚寺しもみようかくじ町全域と、蛸薬師たこやくし町・御池之おいけの町・かしら町・中之なかの町・西横にしよこ町の一部にまたがる。

「日本紀略」長徳元年(九九五)一月九日条に「摂政内大臣二条第并鴨院等焼亡

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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