日本歴史地名大系 「鶴成金山跡」の解説
鶴成金山跡
つるなりきんざんあと
[現在地名]山香町内河野
江戸時代初期に開発された日出藩直営の金山で、鶴成村にあったためこの名がある。寛永三年(一六二六)に中国人雲斎が来て銀山を見立てたのが最初で、同六年鶴成村
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
江戸時代初期に開発された日出藩直営の金山で、鶴成村にあったためこの名がある。寛永三年(一六二六)に中国人雲斎が来て銀山を見立てたのが最初で、同六年鶴成村
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