鷹見神社(読み)たかみじんじや

日本歴史地名大系 「鷹見神社」の解説

鷹見神社
たかみじんじや

[現在地名]八幡西区市瀬

市瀬(いちのせ)地区の北東部、坊住(ぼうじゆう)山・高見(たかみ)山・杉(すぎ)山ともよばれた権現(ごんげん)山の南西麓にある。伊弉冉尊・速玉男命・事解男命の三神を祀る。旧郷社。かつては鷹見権現社・鷹見宮・熊野権現社・熊野三所権現社などともよばれ(「続風土記」「続風土記拾遺」など)、鷹見は高見とも記した(「地理全誌」など)。社伝によると、神護景雲二年(七六八)役行者が紀州熊野三所権現の分霊を当地に勧請したのが草創という(県神社誌)。古くは遠賀(おんが)川以東の遠賀郡四〇ヵ村の惣社で、社僧六坊があって、合せて見光山神昌寺と称したという。


鷹見神社
たかみじんじや

[現在地名]八幡西区穴生二丁目

割子(わりこ)川の下流右岸にある。素盞嗚命・速玉之男命・事解之男命の三神を祀る。旧村社。江戸時代には熊野権現社(熊野三所権現社)・鷹見下宮・鷹見社・鷹見三所権現などともよばれ、鷹見は高見とも記した。鷹見下宮の名は市瀬(いちのせ)村の鷹見権現社(高見宮。現鷹見神社)の下宮とされたことによる(続風土記・続風土記附録)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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