穴生(読み)あのう

世界大百科事典 第2版の解説

あのう【穴生】

近江国滋賀郡穴太(穴生とも書く。,大津市内)に住んだ石工(いしく)。穴生衆ともいう。城の石垣を築く技術に優れ,安土城,名古屋城,駿府城,江戸城などの石垣造営に活躍した。《駒井日記》(1560)に豊臣秀吉・秀次に仕える穴生について記されているのが早い記録である。穴生の一族である戸波家は,1624年(寛永1)に熊本の細川家に儀大夫が仕えたのをはじめ,加賀,津山,福岡の諸藩に仕えており,穴生の技術が諸国に広まったことが推測されよう。

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精選版 日本国語大辞典の解説

あのう あなふ【穴生】

[1]
[一] 奈良県吉野郡西吉野村の古地名。後村上天皇が北朝の吉野攻略の難を避けて皇居を置いてからは、賀名生と表記した。
[二] 滋賀県大津市の地名。景行、成務、仲哀の三代の天皇の皇居となった志賀高穴穂宮(しがのたかあなほのみや)のあったところ。穴太。穴多。
[2] 〘名〙 石垣を築くことを専門とした石工。近江国(滋賀県)穴生にすぐれた石工が多く居住していたところからいう。〔俚言集覧(1797頃)〕

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世界大百科事典内の穴生の言及

【大津[市]】より

…市北部の堅田は,琵琶湖の水運と漁業の特権をもっていた堅田衆の本拠地で,湖中に浮御堂(うきみどう)があり,〈堅田の落雁(らくがん)〉は近江八景の一つに数えられている。比叡山(848m)東麓の坂本は延暦寺の門前町で里坊(さとぼう)が多く,その南の穴太(あのう)は城郭の石垣づくりで知られる穴太(穴生)衆の出身地である。大津の旧市街の南東に連なる膳所は本多氏6万石の城下町で,現在も武家屋敷や古い町並みが残っている。…

【城】より

…ただし東日本では,適当な石材を得がたいという自然条件から土塁のままであった城が多く,遠く伊豆から石材を運んで築いた江戸城などは例外的である。各地の築城では,安土城の石垣普請に携わった近江穴太(あのう)(現,大津市穴太付近)の石工が活躍し,穴生(あのう)が石垣師の代名詞となったほどである。また彼らに加え,石材の産地である播磨から瀬戸内海へかけての石工たちの活躍もあったに違いない。…

※「穴生」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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