鷺畑村(読み)さぎはたむら

日本歴史地名大系 「鷺畑村」の解説

鷺畑村
さぎはたむら

[現在地名]藤島町鷺畑

東堀越(ひがしほりこし)村の北東に位置。上村(鷺畑)と下村(枝郷千原)の二集落がある。京田(きようでん)川が上村の南、下村の東を流れる。鷺畠とも記された。宝永五年(一七〇八)の訴状(添川区有文書)に「添川村一郷のわけ村」とあり、もと添川(そえがわ)村の支村であったとみられる。上村は古くは京田川の左岸にあったが、同川の氾濫から右岸の現在地に移ったといわれる(藤島町史)。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高四四九石余。寛永元年庄内高辻帳では高五二六石余。明和二年(一七六五)頃には田四〇町三反余・畑六町七反余、取米二二三石余、毛付免四ツ五分余、家数四二・人数一八七(「玉塵集」八幡文書)。庄内藩領添川組に属したが、寛永九年(一六三二)に加藤忠広領となり、以後領主の変遷は上中野目(かみなかのめ)村と同じ。下村に舟着場があり、郷蔵も設置された。寛文四年(一六六四)羽黒山普請用材を出羽能代より購入した際、下村まで舟で運んだ(羽黒山中興覚書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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