鹿持村(読み)かもちむら

日本歴史地名大系 「鹿持村」の解説

鹿持村
かもちむら

[現在地名]大方町加持かもち

鹿持川かもちがわ村の東南、加持川の中流から下流にかけての村で、入野いりの郷の一村。「土佐州郡志」は「加持村」と記し、「東限鞭村、西限加持川、南限入野村、北限奥湊川、東西八町許南北四十町、戸凡一百余、其土赤、田村・本村・小川惣曰加持村、分為三」と記す。田村たむら本村ほんむら小川おがわは現在通称として残る。幕末の国学者鹿持雅澄先祖で一条氏を頼って来国したという鹿持雅量が、一条氏から領地として与えられた地で(鹿持雅澄「幡多日記」)、鹿持氏の名字の地である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む