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鹿持雅澄 かもち まさずみ

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美術人名辞典の解説

鹿持雅澄

土佐の国学者。父を雅古と云う。山斎、古義堂等多号あり。17、8才頃より学に志し漢学、国学を学び、万葉集の研究に心を潜め造詣する処多く、万葉集古義百五十二巻、万葉集品物解五巻等の著あり、大正14年正五位を贈られる。安政5年(1858)歿、68才。

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デジタル大辞泉の解説

かもち‐まさずみ【鹿持雅澄】

[1791~1858]江戸後期の国学者・歌人。土佐の人。号は、古義軒、山斎。土佐に住み、ほとんど独学で万葉集を中心に上代国語の研究を進めた。著「万葉集古義」「山斎集」など。

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百科事典マイペディアの解説

鹿持雅澄【かもちまさずみ】

江戸後期の国学者。土佐の人。号は古義軒,山斎等。土佐の藩校教授館師範。土佐を離れず,宮地仲枝賀茂真淵の万葉学を学ぶ。近世後期の万葉学の大家で,歌も万葉調が濃い。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鹿持雅澄 かもち-まさずみ

1791-1858 江戸時代後期の国学者。
寛政3年4月27日生まれ。中村世潭に儒学を,宮地水渓に国学をまなぶ。土佐高知藩校教授館の写本校正係としてつとめながら,大著「万葉集古義」を完成させた。安政5年8月19日(一説に9月27日)死去。68歳。土佐出身。初名は深澄。通称は源太,藤太。号は古義軒,山斎,醜翁。姓ははじめ柳村,のち飛鳥井とも。著作はほかに「古言訳通」「万葉集紀聞」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鹿持雅澄

没年:安政5.8.19(1858.9.25)
生年:寛政3.4.27(1791.5.29)
江戸後期の国学者,歌人。土佐(高知)藩の下級武士柳村惟則の子。妻菊子は土佐勤皇派武市瑞山の叔母。本姓藤原氏,その支流飛鳥井家の流と自称。鹿持は本籍地の名。名は雅澄のほか深澄,雅好など。通称原太,藤太。号は古義軒ほか。藩儒中村世潭に漢学を,宮地仲枝に国学,和歌を学んだ。生涯を微禄貧困のなかに送ったが,藩家老福岡孝則によって藩校の講義聴講,藩庫の蔵書閲覧の便宜を与えられた。『万葉集』注釈に生命をかけ,生涯国を出ず,ほとんど独学で学問研究に励んだ。その著『万葉集古義』141冊は,本文の注釈にとどまらず,枕詞から地理にいたるあらゆる分野の研究を網羅している。近代以前の万葉研究の最高峰といっても過言ではなく,維新後,天覧の栄に浴し,宮内省から出版された。また,万葉研究の過程で体得した復古精神は瑞山に受け継がれ,土佐の勤皇思想に大きな影響を与えた。<参考文献>尾形裕康『鹿持雅澄』,鴻巣隼雄『鹿持雅澄と万葉学』

(白石良夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

かもちまさずみ【鹿持雅澄】

1791‐1858(寛政3‐安政5)
江戸後期の国学者。土佐国土佐郡福井村に生まれる。通称源太のち藤太。号は古義軒,山斎,醜翁,橿実。旧姓柳村,のちに先祖の姓に復す。鹿持家は藤原氏の支流飛鳥井家の末流であることが,雅澄の古代への思慕を強めた。藩学の朱子学を学ぶとともに,賀茂真淵本居宣長の学統をうけた宮地仲枝に学ぶ。終生土佐国をはなれることなく,最下級武士の貧窮の生活にたえて,《万葉集》の研究に努めた成果が,《万葉集古義》である。【平野 仁啓】

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大辞林 第三版の解説

かもちまさずみ【鹿持雅澄】

1791~1858) 江戸後期の国学者。号、古義軒など。土佐の人。宮地仲枝に国学を学び、生涯土佐の地を離れず独学で万葉集を中心とした古典を研究。その著「万葉集古義」は、従来の万葉集研究を集大成したものとして貴重。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鹿持雅澄
かもちまさずみ

[生]寛政3(1791).4.20. 土佐,福井
[没]安政5(1858).9.27. 土佐,福井
江戸時代後期の国学者。土佐藩校教授。生涯土佐を離れず,宮地仲秋について国学を学び,のちほとんど独学で『万葉集』を研究した。主著『万葉集古義』 (125巻,1822頃) は 20年にわたって在来の研究成果を集大成したもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鹿持雅澄
かもちまさずみ
(1791―1858)

江戸後期の国学者。初め柳村源太を名のったが、飛鳥井(あすかい)深澄、藤原太郎雅澄などとも称した。寛政(かんせい)3年4月27日(一説に20日)土佐藩士の家に生まれ、25歳のときから父にかわって下級武士として勤務。収税吏、門番、築山番、藩公の墓守などを務めた。薄禄(はくろく)で地位も低かったが、学才を認められ、1821年(文政4)31歳のときから藩公一族のため歌道、書道を講じ、また私塾を開いて藩の子弟を教育した。青年時代に藩の儒者宮地仲枝(みやじなかえ)の門人となったほかは、ほとんど独学で『万葉集』を研究、『万葉集古義』141冊を完成した。『万葉集』の本文の注釈95冊を中心とし、枕詞(まくらことば)解5冊、人物伝3冊、品物解5冊、名所考6冊などを含む大部な研究書で、ときに牽強(けんきょう)な解釈を施したところもあるが、用例を広く引き、綿密な調査によって創見を示したところもみられ、近世万葉学の集大成というべき書である。ほかに歌文集『山斎(さんさい)集』などがある。[稲岡耕二]
『鴻巣隼雄著『鹿持雅澄と万葉学』(1958・桜楓社出版)』

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世界大百科事典内の鹿持雅澄の言及

【土佐国】より

…その後,京都に出た闇斎に谷秦山(谷重遠)が学んで復活し,史学,国学,暦学をあわせて〈谷家の学〉として伝えた。その土壌の上に武藤致和(むねかず)の《南路志》,鹿持(かもち)雅澄の《万葉集古義》などが生まれ,維新に連なる尊王思想が形成された。藩校として宝暦年間(1751‐64)に教授館(こうじゆかん)が,幕末にはそれに代えて文武館(のち致道館)が設けられた。…

【日本音楽】より

…この期の民謡の歌詞は,都会地流行の歌謡とともに,《糸竹初心集》《淋敷座之慰(さびしきざのなぐさみ)》《大ぬさ》《松の葉》などに収められ,《大ぬさ》《糸竹初心集》には楽譜も記されている。しかし,純粋な民謡を集めたものとしては,《山家鳥虫歌》《鄙迺一曲(ひなのひとふし)》,鹿持雅澄(かもちまさずみ)編の《巷謡編》(1835)などが有名である。いずれにしても近世では,三味線や尺八を伴奏とする民謡が多くなったことと,それらの楽器の影響を受けて民謡が音楽的に変化したこと,7・7・7・5調の歌詞が多くなったことなどが注目される。…

【万葉集古義】より

…注釈書。鹿持雅澄(かもちまさずみ)の著。1844年(弘化1)ころまでに成る。…

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