麻布三河台町(読み)あざぶみかわだいまち

日本歴史地名大系 「麻布三河台町」の解説

麻布三河台町
あざぶみかわだいまち

[現在地名]港区六本木ろつぽんぎ三―四丁目

明治五年(一八七二)成立した町。東が麻布今井あざぶいまい町・同市兵衛いちべえ町二丁目、南が同六本木町、西が同竜土りゆうど町・赤坂檜あかさかひのき町、北が同氷川ひかわ町・麻布今井町。同年に旧武家地、日向延岡藩内藤家下屋敷大部分と幕臣邸地、一向宗浄因じよういん寺・浄土宗崇巌すうごん寺、大行院の寺地に新設された。三河台の称は天和(一六八一―八四)頃まで、徳川家康の子越前宰相松平三河守忠直の屋敷が赤坂檜屋敷(現赤坂九丁目)・氷川神社(現赤坂六丁目)・現六本木四丁目二―三番辺の高台にあったことから、里俗地名となっていたのを採用した。屋敷廃絶後付近は薬草植場や三河台新馬場となっていたが、寛政六年(一七九四)頃からしだいに定火消・小姓組・小普請組・茶番組・甲府勤番・寄合・使番などの武家屋敷になった(再校江戸砂子・御府内備考・江戸名所図会・港区史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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