黒沢館跡(読み)くろさわやかたあと

日本歴史地名大系 「黒沢館跡」の解説

黒沢館跡
くろさわやかたあと

[現在地名]熊谷市三ヶ尻 黒沢

荒川左岸の自然堤防上に立地する室町時代の館跡。標高は四一―四二メートル。地元では黒沢塚とよび、「訪録」は「黒沢屋敷」、「風土記稿」は「陣屋跡」、「武蔵志」は「古塁」と記す。昭和五八年(一九八三)の発掘調査によると、平面形は台形を呈し、南辺のほぼ中央に折がみられる。東辺六六メートル、北辺六二メートル、西辺二四メートル、南辺は折の東側が三七メートル、西側が二四メートルで、堀跡は上幅約五メートル、下幅約一メートル、深さは現地表から約二メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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