神益中島村(読み)かんますなかじまむら

日本歴史地名大系 「神益中島村」の解説

神益中島村
かんますなかじまむら

[現在地名]大仁町神島かみしま

狩野かの川中流域、同川を挟んで両岸にある村。北は神益かんます村、東は吉田よしだ村、南は熊坂くまさか(現修善寺町)。天正一八年(一五九〇)四月小田原攻めの最中、戦線を安定させるために豊臣秀吉は中島郷の百姓の還住などを命じる掟書(松崎文書)を発し、同年五月一二日には徳川家康家臣の伊奈忠次が「中嶋之郷」中に田地耕作と伝役の勤仕を命じる定書(佐野文書)を下している。ただし同郷を現三島市中島に当てる説もある。もと神益村と一村で、天正一八年の検地帳には「君沢郡中島郷」とあったとされる(増訂豆州志稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android