八犬士(読み)はっけんし

改訂新版 世界大百科事典 「八犬士」の意味・わかりやすい解説

八犬士 (はっけんし)

江戸時代の長編伝奇小説《南総里見八犬伝》(曲亭馬琴著)の8人の主人公たちをいう。《書言字考節用集》(江戸時代の辞書)に名の見える〈八犬士〉をもとに,馬琴によって創造された架空の人物である。犬江親兵衛仁(まさし),犬塚信乃戍孝(もりたか),犬川荘助義任(よしとう),犬山道節忠与(ただとも),犬飼現八信道,犬田小文吾悌順(やすより),犬坂毛野胤智(たねとも),犬村大角礼儀(まさのり)らがそれで,〈犬〉の字を姓とし,仁,義,礼,智,信,忠,孝,悌の仁義八行(武士道の8徳目)の1字を刻んだ聖玉を持ち,身体のどこかに牡丹型のあざがある,というのが犬士たちの基本設定である。その背後には,彼らの出生契機を,中国の犬祖神話や仏教の文殊八大童子曼陀羅図にヒントを得て,安房里見家の孝女伏姫と聖犬八房(やつふさ)の霊的な結合と,壮烈なその死によるものとした,馬琴の神話的な構想力がはたらいていた。はじめはそれぞれ悲運な孤児として関八州に散らばっていた若い犬士たちが,悪との戦いの中で2人,3人とめぐり会い,ついに彼らの宿因を知って八犬士が会同するに至るまでの物語は,波乱万丈,目くるめく縦糸横糸に織りなされて痛快な大伝奇ロマンとなっている。《八犬伝》の物語と主人公〈八犬士〉は,発表当初から江戸中の大評判となり,犬士肖像の一枚絵は飛ぶように売れ,凧絵(たこえ)や児童の着物の模様,風呂屋のれんにまで,八犬士の絵がはんらんしたという。《八犬伝》ダイジェスト版の合巻《犬の草子》《仮名読八犬伝》がさらにその人気をあおり,一方,浄瑠璃《梅魁莟八総(はなのあにつぼみのやつふさ)》(1834),歌舞伎《八犬伝評判楼閣(はつけんでんうわさのたかどの)》(1836,江戸森田座)で劇化された後は,時の人気俳優が演ずる八犬士物は芝居の重要な演目のひとつとなった。こうして架空人物ながら,八犬士は庶民英雄となり,その流れは今日の映画,テレビ,伝奇小説にまで及んでいる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報