南総里見八犬伝
なんそうさとみはっけんでん
江戸時代の読本(よみほん)。曲亭馬琴(きょくていばきん)作。全九輯(しゅう)106冊180回。1814年(文化11)から1842年(天保13)にかけて、江戸の山崎平八、美濃屋(みのや)甚三郎、丁字屋平兵衛(ちょうじやへいべえ)から刊行された。挿絵は柳川重信(やながわしげのぶ)、渓斎英泉(けいさいえいせん)、柳川重宣、2世柳川重信、歌川貞秀(うたがわさだひで)が分担。
[徳田 武]
嘉吉(かきつ)元年(1441)の下総(しもうさ)の結城(ゆうき)合戦に敗れた里見義実(よしざね)は、安房(あわ)に渡って里見家を再興した。が、安西景連(かげつら)に攻められて苦しみ、景連をかみ殺した功績に報いて飼犬八房(やつふさ)に愛娘伏姫(ふせひめ)を与えた。伏姫は富山(とやま)の洞窟(どうくつ)において八房の気に感応し、仁義礼智(ち)忠信孝悌(てい)の8個の珠(たま)と白気がその胎内から出た。のち、犬塚信乃(しの)、犬川荘介(そうすけ)、犬山道節(どうせつ)、犬飼現八(いぬかいげんぱち)、犬田小文吾(こぶんご)、犬江親兵衛(しんべえ)、犬坂毛野(けの)、犬村大角(だいかく)の八犬士が各地に出生し、波瀾(はらん)に富む事件に出会いつつ数奇な離合を繰り返し、やがて里見家に集まって家臣となる。管領(かんれい)扇谷定正(おうぎがやつさだまさ)、山内顕定(あきさだ)は里見家を討とうと大軍を催したが、八犬士の活躍によって里見家は勝利を得、やがて双方は和睦(わぼく)する。犬士は里見家の8人の姫と婚姻し、老いてからは富山に入って仙人となった。
世界でも有数の長編で、部分と全体が緊密に照応した筋(すじ)の構成力はたいそう発達している。文章は雄渾(ゆうこん)な和漢混交文で、中国の白話(はくわ)小説の語彙(ごい)を多用する。思想は儒教に基づく勧懲主義と仏教的な因果応報律および武士道が基本をなしている。そのために人物が思想の傀儡(かいらい)となっていて、生きた人間が描かれていないという批判を、明治に入って坪内逍遙(しょうよう)の『小説神髄』から投げかけられたこともあるが、当時の人間像が写実的に描かれているところも多い。また封建道徳にのっとった体制擁護文学だなどと批判されたりするが、実は徳川家斉(いえなり)時代の退廃した世相と政治を、巧妙な技法を用いて婉曲(えんきょく)に風刺する部分が少なからずある。超現実的な趣向が多くみられるが、近世小説のなかではもっとも近代小説に近づいた諸点を備え、『水滸伝(すいこでん)』や『三国志演義』に匹敵する雄大なスケールも高く評価される。
[徳田 武]
『小池藤五郎校訂『南総里見八犬伝』全10冊(1984~85・岩波書店)』
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
なんそうさとみはっけんでん【南総里見八犬伝】
読本。九輯九八巻一〇六冊。曲亭馬琴作。文化一〇年(
一八一三)起稿。天保一二年(
一八四一)完成。文化一一~天保一三
年刊。室町時代の
下総国の豪族里見家の
興亡を背景に、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の球を持った義兄弟の八犬士が活躍する長編
伝奇小説。
勧善懲悪が
基調となっているが、人情描写も綿密であり、雄大複雑な筋が少しの
破綻もなく統合され、作者の思想と
学識が盛り込まれ、間接的な幕政批判も述べられている。全体の
構想を「水滸伝」に借り、
文体は
雅俗折衷の華麗な和漢混交文。
里見八犬伝。
八犬伝。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
南総里見八犬伝
なんそうさとみはっけんでん
江戸時代後期の読本。滝沢馬琴作。9集 98巻 106冊。文化 11 (1814) ~天保 13 (42) 年刊。中国の『水滸伝』の構想を借り,『里見記』『里見九代記』『北条五代記』などを参考にして書かれた,中国演義小説の方法による長編伝奇小説の代表作。全編を通じ,因果応報,勧善懲悪の思想に貫かれ,儒教的,武士道的である点で近代的観点からの批判もあるが,構想の雄大さとおもしろさは他に類がなく,以後多くの類書を生んだ。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
百科事典マイペディア
「南総里見八犬伝」の意味・わかりやすい解説
南総里見八犬伝【なんそうさとみはっけんでん】
曲亭馬琴作の読本。98巻106冊。1814年―1842年刊。犬塚信乃,犬飼現八,犬山道節ら八犬士が,仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八玉の結ぶ因縁により,力を合わせて里見家を再興する話。中国の《水滸伝》その他の典拠を自在に駆使した勧善懲悪の一大伝奇ロマン。28年の歳月を費やし,完成は失明して後,口述によるものだった。
→関連項目里見氏|槃瓠
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
南総里見八犬伝
なんそうさとみはっけんでん
江戸後期,滝沢馬琴の読本 (よみほん)
1814〜42年刊。98巻106冊。安房 (あわ) (千葉県)の名家里見氏が猛犬八房 (やつふさ) と伏姫から生まれた英傑八犬士の力で再興するという伝奇長編小説。勧善懲悪をテーマに,中国の『水滸伝 (すいこでん) 』『三国志』を参考にし,27年も要して完成した馬琴晩年の力作。
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
デジタル大辞泉
「南総里見八犬伝」の意味・読み・例文・類語
なんそうさとみはっけんでん【南総里見八犬伝】
読本。9輯106冊。曲亭馬琴作。文化11~天保13年(1814~1842)刊。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八つの徳の玉をもつ八犬士を中心に、安房の里見家の興亡を描いた伝奇小説。勧善懲悪を基調とし、「水滸伝」に構想を借りたもの。里見八犬伝。八犬伝。
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
なんそうさとみはっけんでん【南総里見八犬伝】
読本。曲亭馬琴著。全106冊。《里見八犬伝》《八犬伝》とも呼ばれる。初輯刊行(1814)から完結編刊行(1842)まで,28年の歳月をかけた馬琴畢生の超大作。完成に近づいたときに,75歳の馬琴は両眼が盲(めし)いてしまい,漢語にうとい嫁のお路が苦心惨澹(さんたん)して口述筆記をはたし,ようやく完結にこぎつけたという秘話は有名である。物語もまた壮大華麗,波乱万丈をきわめ,読者を狂喜させ,当時はおろか,明治時代にまで及ぶ大ロングセラーとなった。
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報
世界大百科事典内の南総里見八犬伝の言及
【水滸伝物】より
… これ以降〈水滸伝物〉と呼ばれる翻案物が数多く著されるようになった。1777年(安永6)には,馬琴の《南総里見八犬伝》の着想を導いた点に文学史的価値があるといわれる仇鼎散人(きゆうていさんじん)の《日本水滸伝》が刊行された。伊丹椿園は,《水滸伝》の豪傑を足利時代の女性に変えた点に独自な着想が見られる《女水滸伝》を著した。…
【八犬士】より
…江戸時代の長編伝奇小説《南総里見八犬伝》(曲亭馬琴著)の8人の主人公たちをいう。《書言字考節用集》(江戸時代の辞書)に名の見える〈八犬士〉をもとに,馬琴によって創造された架空の人物である。…
【槃瓠】より
…いまミヤオ族,ヤオ(瑶(よう))族が盤王として信仰するものは盤古説話と混同したところがあるが,瓠(ひさご)(ヒョウタン)も生命の宿る器で神話的性質をもつ。曲亭馬琴の《南総里見八犬伝》は,この説話にその発想を得たものである。【白川 静】。…
※「南総里見八犬伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報