日本大百科全書(ニッポニカ) 「歌舞伎(雑誌)」の意味・わかりやすい解説
歌舞伎(雑誌)
かぶき
演劇雑誌。1900年(明治33)1月創刊。森鴎外(おうがい)の弟三木竹二(みきたけじ)の主宰で東京画報社刊。創刊当時は明治の名優9世市川団十郎、5世尾上(おのえ)菊五郎、初世市川左団次らが健在であり、また幕末の劇界を知る古老もいたことから、歌舞伎の劇評、史伝、考証に精緻(せいち)を尽くしたが、西洋文化の輸入とともに外国演劇にも誌面を割き、明治末期にイプセンやストリンドベリの戯曲を掲載した。1908年に三木竹二が急逝し、伊原青々園(いはらせいせいえん)(敏郎)が編集を受け継いだが、15年(大正4)1月、通巻175号で廃刊。歌舞伎のみならずわが国演劇界の状勢、ひいては広告欄も含めて世相の推移を知るのに好個な資料といえよう。なお、同じ名前の雑誌が25年5月に歌舞伎座から吉田暎二(てるじ)の編集で再刊され、30年(昭和5)6月まで続き、さらに68年7月から78年4月まで、同じく歌舞伎座から季刊誌として、野口達二の編集で刊行された。
[土岐迪子]