由比忠之進(読み)ゆいちゅうのしん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「由比忠之進」の意味・わかりやすい解説

由比忠之進
ゆいちゅうのしん
(1894―1967)

エスペランティスト。福岡県生まれ。1919年(大正8)東京高等工業学校(現、東京工業大学)卒業。1921年ごろからエスペラントを学び始める。特許事務所に勤務したのち、木工の技術を習って家具屋を経営し、1930年(昭和5)名古屋放送局勤務。1932年名古屋エスペラント会創立に参加。1938年満州製糸に入社して渡満日中戦争正義の戦争と信じ、敗戦により打撃を受け、戦後贖罪(しょくざい)の意識から、一時、一燈園(いっとうえん)に入る。1951年(昭和26)愛知県平和委員会と接触をもち、以後平和運動に打ち込む。1956年には世界エスペラント運動(MEM)の日本代表として訪中。1967年11月、アメリカのベトナム戦争に協力する佐藤栄作首相の訪米に抗議して首相官邸前で焼身自殺した。

[北河賢三 2018年10月19日]

『思想の科学研究会編『埋もれた精神』(1981・思想の科学社)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「由比忠之進」の解説

由比忠之進 ゆい-ちゅうのしん

1894-1967 昭和時代のエスペランティスト,反戦運動家。
明治27年10月11日生まれ。大正10年ごろからエスペラントをまなぶ。昭和13年満州(中国東北部)へわたり24年帰国。エスペラントの普及と反戦運動に従事する。昭和42年11月12日ベトナム戦争に協力する佐藤栄作首相の訪米に抗議して,首相官邸前で焼身自殺した。73歳。福岡県出身。東京高工(現東京工業大)卒。

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