エロイーズ
Héloïse
[生]1098頃
[没]1164.5.15. ノジャンシュールセーヌ近郊
パリのノートルダム大聖堂参事会員フュルベールの姪。 1118年頃当時の著名な神学者,哲学者 P.アベラールを家庭教師としたが,恋に陥り,両者はひそかに結婚して1男をもうけた。怒ったエロイーズの親族によって両者は引裂かれ,アベラールは去勢された。彼はサン・ドニの修道院に,エロイーズはアルジャントゥイユの女子修道院に入ったが,解散したため,アベラールはパラクレトゥス女子修道院を建ててエロイーズに与え,彼女はそこの院長になった。死後アベラールのかたわらに埋葬された。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
Sponserd by 
エロイーズ
Héloïse
1101~64
フランスの修道女。アベラールの弟子となり,結婚したが伯父の聖職者フュルベールの反対で修道院に隠退し,アベラールと文通して心を慰めた。これが『アベラール‐エロイーズ往復書簡』として著名である。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
Sponserd by 
エロイーズ
Héloïse
1101〜64
フランスの修道女
哲学者アベラールの弟子で,アベラールと恋におち,修道院にはいった。ふたりの愛を示す往復書簡は有名。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
Sponserd by 
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
Sponserd by 
世界大百科事典(旧版)内のエロイーズの言及
【アベラール】より
…ロスケリヌスとシャンポーのギヨームに学んだのち,1108年ころパリに出て弟子を集め,神学と哲学(弁証術)を教える。ここで起こったエロイーズHéloïseとの相愛事件は有名である。アベラールは1子をもうけたのち彼女を修道院にやり,みずからも去勢されてサン・ドニ修道院に入り,そこで没した。…
※「エロイーズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
Sponserd by 