シトー会(読み)しとーかい(英語表記)Sacer Ovdo Cisterciensis ラテン語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シトー会」の意味・わかりやすい解説

シトー会
しとーかい
Sacer Ovdo Cisterciensis ラテン語

聖ベネディクトゥスの会則による、ローマ・カトリックのベネディクト会原始会則派のもっとも重要な一派清貧、質素な隠修士的生活のなかで、祈りと労働によって神に仕え、たたえることを目的とする。1098年モレムの聖ロベルトゥスにより、ブルゴーニュシトーCîteauxに開かれた修道院に始まるが、12世紀のクレルボーのベルナルドゥスの力によって大いに隆盛をみた。近世に入って衰え、フランス革命で大打撃を受けたが、革命後ラ・トラップの修道院を中心に、より禁欲的で荘厳な典礼修道士の労働を重視する、いわゆるトラピストがおこり、厳律シトー会として独立した。日本にはこのトラピストが1896年(明治29)に早くも渡来し、現在、函館(はこだて)をはじめ二つの男子修道院、四つの女子修道院をもつ。

[鶴岡賀雄 2017年8月21日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シトー会」の意味・わかりやすい解説

シトー会
シトーかい
Sacer Ordo Cisterciensis

1098年フランスのシトーに創立されたカトリック修道会。モレームのベネディクト会修道院の修士たちが規律のゆるみを嫌い,戒律に厳格に従うためその大修院長ロベルトゥス (ロベール) の指導を仰いで新たに開いたもの。クレルボーのベルナルドゥスの入会後興隆したのでベルナルド会とも,またその修道服から「白衣の修道士」とも呼ばれる。3代目の修道院長のとき基礎が固まった。すなわち,規律によらない衣食を禁じ,絶対的共同生活を規定し,周囲の社会との交流をもたらす所有を禁じ,労働を再導入した。会員が同じ戒律,習慣に服すること,全修院長が1年に1度シトーに集り総会を開くこと,母体となった修道院の院長はそこから派生した各修院を1年ごとに巡察することの3点を特色とした。また牧羊によって毛織物を中心に 12世紀の経済界でも重要な役割を果した。 12世紀を過ぎると衰退に向い,宗教改革時に北方でのシトー会は消滅。 17世紀のド・ランセの改革による厳律シトー会はトラピスト修道会として知られる。女子修道院は 12世紀初めより存在し,ポール・ロワイヤルもシトーの系列に入る。なお,創立期の建物は無装飾を特色とし,初期ゴシックの代表的なものである。

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