日本大百科全書(ニッポニカ) 「キリスト教の本質」の意味・わかりやすい解説
キリスト教の本質
きりすときょうのほんしつ
Das Wesen des Christentums
1841年に刊行されたフォイエルバハの主著で、彼の名を不朽にした宗教哲学の傑作である。彼はここで唯物論的な人間学を確立して宗教の本質を解明するとともに、キリスト教信仰のあり方を徹底的に批判した。哲学の原理は観念論のいうような純粋理性ではなく、知情意を備えた現実的・全体的人間である。人間の本質は、彼がどんな対象とどうかかわるかということに示される。この対象は人間自身の対象化された本質にほかならない。宗教は、自然のような感性的対象と並ぶ、人間のもう一方の対象である。それゆえ神は人間の産物であるが、まったくの虚構ではなく、人間の対象化された本質を表している。人間学的に正しく把握された神の性質は人間自身の性質であり、これが宗教の積極的本質をなす。したがって「神学の秘密は人間学」である。しかし神が神学的にとらえられて、人間を支配する疎遠な超越的・非自然的実在とされる限り、それは宗教の真実を欠いた本質として批判されるべきである。マルクスらに熱狂的に迎えられた本書は、19世紀の唯物論思想、宗教批判の金字塔である。
[藤澤賢一郎]
『船山信一訳『キリスト教の本質』全2冊(岩波文庫)』▽『船山信一訳『フォイエルバッハ全集 第9・10巻』(1975・福村出版)』