宗教哲学とは文字どおりには宗教を哲学的(客観的,思弁的)に考察する宗教関係諸学の一分野である。しかし宗教現象は多様であり,人によってその定義は異なる。哲学についてもまたしかりである。宗教哲学とは何かについても当然各人各様である。しかし,いちおう宗教哲学は多様な宗教の根底を追究し,理論づけ,体系づける学問だと言いうる。宗教関係諸学が成立するのには,特定宗教の外から客観的にその内容を観察し,他宗教と比較する態度がまずなくてはならない。ギリシア・ローマ時代からすでに一種の合理主義的な立場が可能であり,ユダヤ教でもとくにギリシア哲学を援用してみずからの宗教を理論的に説明しようとする傾向も生まれていた(例えばアレクサンドリアのフィロン)。キリスト教はトマス・アクイナスによる神の存在証明の5方法に見られるように,このような哲学的試みを神学内に吸収したが,中世ではとくにイスラム世界に対する哲学的対話の試みに宗教哲学の萌芽が認められる(例えばトマスの《異教徒反駁大全》)。だが,19世紀における宗教学の成立によって,宗教が特定信仰の立場からでなく,客観的学問の対象としてはじめて取り上げられるようになった。18世紀の啓蒙思想の影響およびヨーロッパ以外の世界諸地域の宗教に関する情報が蓄積されることによって,唯一の真の宗教と単純に考えられていたキリスト教が相対化されはじめ,当時台頭しつつあった観念論哲学との密接な関係のもとに,ドイツで宗教学Religionswissenschaftが確立された。ミュラーFriedrich Max Müllerはイギリスに移ってからscience of religionという言葉を使っているが,この用法は英語圏では定着せず,宗教学に当たるのはむしろhistory of religionsが使われてきている。これに対してコントの影響の残るフランスではsciences religieusesが使われている。各国の文化事情の相違が宗教学に相当する用語に反映しているが,ドイツのReligionswissenschaftは,19世紀ではむしろ今日の宗教哲学に近かった。もちろん,実証的,歴史的要素も含んでおり,今日の宗教史,宗教現象学,宗教心理学等に分割される契機はもっていたが,根本的には思弁的であった。国立大学には神学部があり,プロテスタント神学部は特定教派の差を超越する神学をめざしていた。宗教学はカント,ヘーゲルなどの影響の下に,まず神学部で,いわば超教派的神学と並行して,あるいはその基礎として成立したと言える。シュライエルマハーやR.オットーの宗教学はこの事実を裏書きする。宗教哲学Religionsphilosophieなる用語を近代で最初に用いたのはカントであるが,フォイエルバハ,マルクス,コントらによる宗教批判は,宗教の根底がどこにあるかをより深く究める刺激になり,20世紀,哲学におけるハイデッガーの実存哲学と実存主義の隆盛とともに,宗教哲学が再び勢いを得てくる。M.ブーバーは〈我と汝〉の実存的関係の上に宗教体験を根拠づけ,独自の宗教哲学を展開した。アメリカでは,宗教社会学的傾向が強く,宗教哲学は社会学的要素とのかかわりが深い(例えば,R.N.ベラー)。また今日の宗教哲学は,宗教心理学を無視することはできない。
執筆者:高柳 俊一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
宗教の本質や意義を哲学の方法で究明し、宗教の真理性を哲学的に基礎づける学問。歴史や社会に現れた諸宗教現象を実証科学の立場で研究する宗教学や、特定の宗教内部でその宗教の教義や教典を検討する神学・教学などとは異なる。
古代ギリシアに始まった哲学は、一般に、人間の経験しうる現象世界を、経験を超えた形而上(けいじじょう)学的理念から説明しようとする試みであった。宗教が人間の感覚的、悟性的な経験を超え出た彼岸や神への通路を開くものとすれば、プラトンやアリストテレスをはじめとする古代哲学においては、哲学そのものが一種の宗教哲学であったといえる。また、キリスト教の神学を形成するにあずかったアウグスティヌス、トマス・アクィナスらの中世の教父哲学やスコラ哲学は、文字どおり宗教哲学を中核に据えた哲学であった。
しかし、近世に至って人間の理性に十全の信頼を置く合理主義の哲学が登場すると、哲学における宗教性の剥奪(はくだつ)の傾向が強まり、宗教哲学は改めてその存立が問われることになる。したがって、厳密な意味で宗教哲学が自覚的に哲学の一分野として確立されるに至ったのは、カントとそれ以降のドイツ観念論の哲学においてであった。
カントは、人間の理性に知的・理論的認識を超えた働きをも認め、道徳の場で働く善意志の実践理性に宗教の根拠を置く。ヘーゲルは、論理学や自然哲学から区別される精神哲学のなかの最高部門に宗教哲学を位置づけつつ、絶対精神の世界支配的展開を叙述する哲学の全体系は絶対的宗教として完成するという汎神論(はんしんろん)的宗教哲学を語った。
今日では、あくまでも哲学の立場から宗教一般の真理性を基礎づけようとするジェームズやヤスパースのような宗教哲学が説かれる一方で、キリスト教の啓示信仰を容認しながらこれにかなった哲学的思考を展開する宗教哲学が有力である。そのような宗教哲学者としては、人間の絶対的依存感情に宗教の本質を求めるシュライエルマハー、人間の根源的な不安と絶望を暴いて逆説の神に救いを求めるキルケゴール、歴史の相対性を神の絶対性で克服するトレルチ、科学の進展を終末論と結び付けて理解するテイヤール・ド・シャルダン、諸文化の底を流れる究極的関心を介して存在の根拠へ帰るティリヒなどをあげることができる。ユダヤ教徒のブーバーの対話原理に基づく宗教哲学も影響力が大きい。
[柏原啓一]
『波多野精一著『宗教哲学』(1935・岩波書店)』▽『藤田富雄著『宗教哲学』(1966・大明堂)』▽『J・ヒック著、間瀬啓允訳『宗教の哲学』(1968・培風館)』▽『P・ティリッヒ著、柳生望訳『宗教哲学入門』(1971・荒地出版社)』
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…ところが,とくにヨーロッパにおいて16世紀の宗教改革,17世紀の自然科学の興隆や近世哲学の展開にともない,宗教の本来のあり方を理性の光に照らして体系化しようとする動きがおこった。そこから生じた研究の流派を宗教哲学(たとえばI.カント)といい,さきの神学が一般に護教的であるのに対して,合理的で批判的な立場を鮮明にした。一方,15~16世紀のいわゆる大航海時代以降,世界の各地にさまざまな宗教の存在することが見いだされ,そこから諸宗教を比較研究する方法があらわれた。…
※「宗教哲学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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